下関市の永田と厚母の境に梅ケ峠がある。この峠のすぐ隣の高台に旧梅光女学院大学キャンパスがある。ここは大学が立地する前からずっと神社の境内の様な平地であった。
実は鎌倉時代に焼失した応神天皇の軽島豊明宮の跡地であった。そして、近隣の神社群のみならず九州の神社群、例えば応神天皇を主祭神とする宇佐神宮に至る聖なるラインの焦点であった。
軽島豊明宮、旧梅光女学院大学、下関市梅ケ峠(3D、南東方向に見下ろす。左の太陽光発電所の敷地も含む)
① 赤丸: 応神天皇の軽島豊明宮、下関市梅ケ峠(参考)
② 黄丸: 杜屋神社、長門三宮、下関市厚母(参考)
③ 黄四角: 乳母屋社、龍王神社内、長門三宮、下関市尾袋(参考)
⑥ 青丸: 若宮神社、下関市吉母(参考)、長門一宮の住吉神社の本宮と言われる。この地域に応神天皇の誕生伝説がある。
⑦ 青四角: 黒嶋観音、下関市吉母(参考)、神功皇后の三韓征伐に従軍
⑨ 黒四角: 永田神社内の厳島社、梅ケ峠の近くにあったが明治期に合祀、下関市永田(参考)
10 南北赤線: 東門鎮護住吉八幡宮(参考)から足立山妙見宮、英彦山神宮へ至る聖なるラインの基軸
② 白青丸: 穴門豊浦宮、秋根遺跡
③ 黄丸: 住吉神社
③ 青丸: 忌宮神社
④ 黒丸: 観音岬(村崎鼻)
⑤ 緑丸: 黒崎妙見社(鼻ヅラ)
② 青丸: 忌宮神社、下関市長府
③ 黄丸: 宇佐神宮
④ 黒丸: 大元神社
② 赤丸: 沖ノ島
参考
① 通説で軽島豊明宮とされる奈良県の大軽町は軽寺のあったところで軽島豊明宮とのつながりは無い。応神天皇の地盤は河内平野であり、奈良盆地には無かった(参考)。
② 九州の宇美八幡を応神天皇の誕生地とすることへの反論(参考)
たとえ、宇美八幡宮が誕生地であったとしても、神功皇后と応神天皇と武内宿禰は穴戸豊浦宮に帰還する伝承が北部九州の神社にあるので、本論には影響しない(参考)。
③ 秦王国について
③-1 遣隋使が帰国時、伴った隋の使者に説明した秦王国について(参考)
③-2 下関市の地名、綾羅木の由来の説明(参考)