日本産の野生ハツカネズミには二系統あることが特定された。アジア大陸を横断した種と南アジアの海沿いに渡来した種である。
ハツカネズミが人間の家屋のみに住み着いて繁殖する性質があり、日本人の日本列島への渡来と相関があることが期待される。
すなわち、日本人のルーツについて、従来からアジア大陸を横断した山の民に加え、南のスンダランド(東南アジアの島々)あたりから北上した海の民が想定されたが、この想定が正しかったことになる。
参考
① 日本産ハツカネズミのルーツをはじめて特定 ~日本人の起源を考える上で重要な発見 〜
プレスリリース 掲載日: 2017.08.17 (参考)
研究成果のポイント
・日本産の野生ハツカネズミが,先史時代の農業の歴史的展開とともに中国南部からは約4000年前,朝鮮半島からは約2000年前に,それぞれ渡来したことを解明。
・これら2つの系統はともに九州より移入し北上したが,北海道・東北地方における両者の混合は比較的近年であることも示唆。
・上記2系統以外に,さらに古い時代に移入した系統が存在する可能性も指摘。
研究成果の概要
鈴木 仁教授らのグループはこれまで30年以上にわたり,日本列島を含むユーラシア産ハツカネズミの遺伝的多様性の調査を行ってきました。今回,遺伝子塩基配列の解析により,長年不明であった日本産ハツカネズミの起源と渡来の時代背景を明らかにしました。野生ハツカネズミは,有史以前の人類の農耕技術の革新的発展とともに,約4000年前に中国南部から一度,そして,約2000年前に朝鮮半島より2度目の移入があったことが示されました。これら2つの系統は西日本で最初に混合しましたが,北日本では西日本より1000年ほど遅れて混合していたことも明らかとなりました。さらに,これら2系統の移入以前にも,南アジア起源の系統が日本列島に移入した可能性があることも示唆されました。
論文発表の概要
研究論文名:Heterogeneous genetic make-up of Japanese house mice (Mus musculus) created by multiple independent introductions and spatio-temporally diverse hybridization processes(複数の移入と時空間的に異なる交雑による日本産野生ハツカネズミの遺伝的多様化)
著者:桑山 崇1,布目三夫1,木下豪太1,鈴木 仁1,阿部訓也2(1北海道大学大学院地球環境科学研究院,2理化学研究所バイオリソースセンター)
公表雑誌:Biological Journal of the Linnean Society(生物学分野の英国学術雑誌)
公表日:英国時間 2017 年 8 月 10 日(木)(オンライン公開)
研究成果の概要
(背景)
ハツカネズミはヒトの家屋のみを住みかとする野ネズミであり,その自然史の理解は,人類が先史時代*1にどのように移動していたかを調べる上で貴重な情報を提供します。ミトコンドリア DNA*2の解析による先行研究から,現在の日本列島に生息するハツカネズミには南アジア亜種系統と北ユーラシア亜種系統の2系統が存在することが明らかにされていますが,どの地域から,いつの時代に列島に移入したかに関してはわかっていません。また,ミトコンドリア DNA の進化速度についても理解が不十分で,移入の時期を正確に推定することは困難でした。さらには,この2つの系統が日本列島でどのように混合し現在に至っているのかの詳細や,現代における人為的な移入の状況も把握できていませんでした。
そこで本研究では,比較的長い DNA 配列を解読し,最近確立された精密な進化速度を適用していくことで,日本産ハツカネズミの起源地と時代について把握し,さらには日本列島内における異なる亜種系統の混合の状況把握を試みました。
(研究手法)
国内に収蔵保管されているユーラシア産ハツカネズミの DNA(通称森脇コレクション)*3を用い,代表個体約80匹のミトコンドリア DNA(4225bp)を解読しました。DNA 配列同士がどれくらい近い関係にあるかをネットワーク法という手法により可視化し,集団の歴史的動態を解析しました。時代背景を推定するには,基準となるミトコンドリア DNA の進化速度が必要です。今回の研究ではその基準として,北海道産アカネズミ類の氷期以降の温暖化による一斉放散*4から得られた値(100万年あたり11%の進化速度)を活用しました。
また,隣接する複数の核遺伝子を解析し,一つの連結した染色体領域に焦点をあて,DNA 配列を解析する手法であるハプロタイプ構造解析を行いました。DNA 配列の組み換え点を観察することで,その系統に固有の断片長を求め,混合の時期を推察することが可能となりました。断片長が短い場合は集団内の交雑が長期間であったと,長い場合は交雑が短期間であったと判断されます。
(研究成果)
ネットワーク法でミトコンドリア DNA の変異を解析すると,日本を含むアジアにおける展開は,異なる時代の3つの一斉放散によることが明らかになりました(図1)。一つ目と二つ目は南アジア亜種系統におけるもので,約8000年のインドネシア・大陸部と約4000年前の中国南部の珠江沿岸域,日本列島及び南サハリンで生じました。三つ目は,約2000年前の朝鮮半島と日本列島における北ユーラシア亜種系統の放散です。これにより,日本列島には縄文後期(約4500~3300年前)と弥生期の始まり頃にそれぞれ移入したことが示唆されました。ハツカネズミはイネを食べることから,後者は水田稲作の列島への移入と関連があることも推察されます。
また核遺伝子の解析から,中国南部の系統は現在ではほぼ駆逐された一方,北海道・東北地方においては,ある程度の時間が経過したのち(例えば約1000年前),朝鮮半島系統と中国南部系統が交雑して現在に至っていることが示されました(図2)。さらに興味深いことに,今回の核遺伝子の解析から,中国南部及び朝鮮半島には存在しないタイプの DNA 配列が北日本のハツカネズミのゲノムに存在し,その推定される断片長が比較的短いため,中国南部系統よりも古い時代に列島に移入していた可能性が示唆されました。すなわち,縄文後期以前に南アジアのどこからかハツカネズミが移入していたことが示唆され,日本人の起源を考える上で大変興味深い結果です。一方,核遺伝子の解析からは,長い欧米系亜種の断片も観察されました。これは,数十年前程度の近年,ハツカネズミの移入があったことを物語っており,現代における様々な人間活動が,欧米系亜種系統の外来的移入を招いたと推察されます。
以上のように,日本産ハツカネズミのゲノムは先史時代から現在に至る人類の様々な空間的移動を考える上で,多くのヒントと示唆を与えています。
(今後への期待)
ハツカネズミは,日本人の起源を考える上で有用な知見を与えてくれる可能性があります。大陸部においても詳細な調査を行い,人類の先史時代の動態の把握に有益な情報を得るため,さらなる調査が望まれます。
【用語解説】
*1 先史時代
人間の歴史のうちで,文字をもたず,文字による史料が残されることのなかった時代のこと。
*2 ミトコンドリア DNA
細胞内の器官の一つであるミトコンドリアの DNA のこと。通常,子の DNA は親の DNA とは異なるが,ミトコンドリア DNA は,子のミトコンドリア DNA と母親のミトコンドリア DNA が同一になることが知られているため,生物の祖先を調べる際の重要な手掛かりとなっている。
*3 森脇コレクション
故・森脇和郎博士らによって世界各地から収集された野生ハツカネズミの DNA コレクション。現在,国立遺伝学研究所(静岡県三島市)及び理化学研究所バイオリソースセンター(茨城県つくば市)に保管されている。
*4 一斉放散
動物の集団が,氷期等の影響を受け個体数を大きく減らしたのち,急速な温暖化等により集団サイズを激増させる現象のこと。他地域からの移入によっても同様の現象がみられることがある。
【参考図】
図1 野生ハツカネズミの採集地点(上)とミトコンドリア DNA の塩基配列(4225bp)の変異に基づくネットワーク図(下)。南アジア亜種系統の一斉放散が二度あり,日本列島の配列は中国南部の配列と高い類縁性を示す(左下)。日本の北ユーラシア亜種系統は,朝鮮半島産と高い類縁性を示す(右下)。配列はグループごとに記号で示し,付随する数字は地点コードを表す。
図2 遺伝的解析に基づき想定された主要2亜種系統の日本列島への移入。過去の研究成果もふまえ,日本列島への野生ハツカネズミは以下のような流れで移入・展開したと考えられる。(1)南アジア亜種系統はインドに起源地を持ち,約8000年前に放散。その後,(2)中国南部に移入した系統が珠江流域において4000年前に放散し,日本列島及び南サハリンまで波及した。(3)北ユーラシア亜種系統は朝鮮半島にとどまっていた系統がおよそ2000年前に放散現象を起こし,日本列島に九州経由で移入した。移入後しばらく時間が経過した後(例えば1000年前),北ユーラシア亜種系統は東北及び北海道に南アジア系統と交雑しながら北方移動した。
② 雅楽が証明する皇室と日本語の起源(参考)
③ 日本語の起源について、北東アジアの膠着言語に南方の語彙が混ざった(参考)
④ 日本語の起源