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Webであなたの夢が叶う!

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こんにちは。
Webであなたの夢が叶う!のHirokoです。

Webで数学、
数学の歴史についてです。

数学の発達過程を、
科学史や精神史との関連のもとに研究する数学の一分科のことを
数学史といいます。
公理的形式主義である現代数学も、
実際的・具体的問題を対象として、
発展してきました。
その発展の歴史をたどっていく学問分野です。

ここではまず、
世界的な流れを大まかにつかんで、
特筆すべき事柄や人物に
スポットライトを当てていこうと思います。

さて明日は、
紀元前の数学史についてお話ししますね。

お楽しみに!



今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。

こんにちは。
Webであなたの夢が叶う!のHirokoです。

Webで数学、
黄河文明と数学です。

世界
四大文明のひとつインダス文明では、

  ・彩陶土器
  ・黒陶土器
などが発達したといわれています。

あれあれ?
黄河文明にも数学的な進化は認められませんが、
どうなっているのでしょう?

黄河文明は、
世界四大文明の中で唯一の東洋文明です。
ですから、
数そのものも漢数字ということになります。

しかし漢数字は
黄河文明で発達したかは不明なのです。

黄河文明では文字を持たなかった時代もあり、
どの時点で漢数字が発達してきたかはまだわかっていません。

数学史をみても
 古代ギリシャ、
 メソポタミア、
 エジプト、
 イスラム諸国、
 インド
などの地域での記述はありますが、
中国に関しては、
紀元前200年ころに
秦の始皇帝が
秦国以外の国の書物はすべて燃やしてしまえ!」
との勅命を出したため
書物が残っておらず、
発達の経緯を知ることがとても難しくなっています。

これは、
マヤ文明にも言えることですが、
何らかの意図が働いて、
当時の高い文明を知ることができないのは非常に残念ですね。

さて明日からは、
数学史について少しずつお話ししていこうと思います


今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。

こんにちは。
Webであなたの夢が叶う!のHirokoです。

Webで数学、
インダス文明と数学です。

世界
四大文明のひとつインダス文明では、

 ・青土器
 ・彩文土器
 ・石製印章
 ・灌漑農耕
 ・インダス文字
などが発達したといわれています。

あれ?
数学的な進化は認められませんね。

いえいえ、
そんなことはありません。

インダス文明は、
の「0の概念」を生み出したといわれています。

数学者で天文学者のブラーマグプタという学者が
著述した『ブラーマ・スプタ・シッダーンタ』という著作に
ゼロの概念があるといわれています

ゼロ「0」の概念は、
紀元前400年ごろのメソポタミアにすでにあったのですが、
6世紀ごろのインドで現在のような使い方が発明されたようです

では数「0」の使われ方のおさらいです。
 ① 位どりの空きスペース
 ② モノがないこと
 ③ 何かの基準
でしたね!
覚えていますか?

さて、ゼロに戻ったところで・・・
明日は、
黄河文明と数学です


今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。

こんにちは。
Webであなたの夢が叶う!のHirokoです。

Webで数学、
エジプト文明と数学です。

世界
四大文明のひとつエジプト文明では、

 ・ピラミッド建設
 ・象形文字
 ・測量術
 ・天文暦法
などが発達したといわれています。

このうちの測量術は、
エジプト文明がナイル川流域に発展したために
必要な技術だったといえます。


ナイル川は、
水量も多く豊富な資源を得るには都合のよい川だったのですが、
当時は太陽とシリウス星が同時に昇る頃、
ナイル川が氾濫して、
そこに住む人々を苦しめてきました。

氾濫するナイル川のおかげで、
天文暦法が発明されたというのも事実ですので、
すべてがマイナスに働いたというわけではなかったのですが、
氾濫後の整地のために
測量術も発展していったのです

地の利とは、
まさにこのような状況のことを言うのでしょうね。

そして、
幾何学もまた、
この時代のエジプトで発展していきます。

これらの技術を駆使して、
今も大地に残る巨大な建造物が次々と
建てられていったのでした。

必要は発明の母、ということでしょうか。

明日は、
インダス文明と数学です


今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。

こんにちは。
Webであなたの夢が叶う!のHirokoです。

Webで数学、
メソポタミア文明と数学です。

世界
四大文明のひとつメソポタミアでは、

 ・楔形くさびがた文字
 ・灌漑
 ・太陽太陰暦
 ・占星術
 ・六十進法
 ・法典
 ・統一度量衡
などが発達したといわれています。

このうちの六十進法は、
メソポタミア文明で多くの都市を築いたシュメール人が
用いた記数法です。


記数法とは、
数字を使って数を表わす方法で
数の数え方は、
「底」という数を数える基を選択して成立します。

10進数は、
モノを数えるときに使う指の数が10本だったことから
使われるようになった位どりです。
もし、わたしたちの身体が
指を10本持っていなかったとすると
別の位どりの可能性もあったということです。

では、
なぜ
シュメール人は六十進法を使うようになったのでしょうか?

まさか、
指が60本あった!?なんていうことはないでしょうが・・・

実は、
シュメール人は、
60 までを両手で数える方法がを知っていました。
60 は、両手の指の数である 10 と
一年における月の朔望周期の回数である 12 との
最小公倍数だからだといわれています。
そして、
このメソポタミアの六十進法と
六十年周期の中国の干支は同じ構造を持っていて、
干支はメソポタミアの六十進法の文化的影響で成立したと
考えることができます。

そして、
もうひとつ
占星術の発達においても
メソポタミアの六十進法は大きな影響力を持っていて、
木星と土星が同じ黄道上の位置で合接する
 60 年の周期で説明されているのです。

わたしたちの日常では、
六十進法は
時間の観念を説明するときにしか使うことはありませんが、

古代には、
人間と天文学が自然に融合して、
広い視点からものごとをみていた時代だったのかもしれませんね。

その点は、
現代のわたしたちもおおいに見習わなければいけませんね。

明日は、
エジプト文明と数学です


今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。