《これまでのお話》

ヒプノセラピー:出家した山城の姫①

ヒプノセラピー:出家した山城の姫②

ヒプノセラピー:出家した山城の姫③

 

 

一向一揆歴史資料館の展示パネルには、佐久間盛政は、二曲姫の死を知って、

「薄幸な姫だった」と嘆き悲しんだと書かれていました。

 

他にも、愛する二曲姫を失った佐久間盛政の怒りは激しく、その怒りが、その後の

徹底的な残党狩りや大量殺戮に繋がったという説もあるようです。

 

佐久間盛政の父は織田家家臣の佐久間盛次、母は柴田勝家の姉で、1554年に

尾張国で生まれました。佐久間盛政も父と同様に織田家家臣となり、華々しい功績を

残しつつも、1583年の賤ヶ岳の戦い(羽柴秀吉 vs 柴田勝家)で敗れた柴田勝家側に

ついていたために捕らわれ、処刑されて亡くなります。

 

鬼玄蕃とも呼ばれた冷徹な武将だった佐久間盛政の印象からは、二曲姫とのロマンス

という姿は、想像しづらいと感じました。佐久間盛政には正室がおり、子どももいます。

二曲姫を側室にしようと言い寄ったこともあったかもしれませんが、姫が断って出家した

以降も思い続けたということはないような気がしました。

白山麓での大量殺戮の印象をやわらげるために、悲恋にこじつけたようにも感じました。

 

ひとつ前の記事で、心配を理由にして敵方の男性が言い寄ってきて、嫌で仕方なかった

ときに、現世で仕事関係で何度も関わっている人の顔が浮かんでいたことを書きました。

驚いたことに、この人の姓も、「佐久間」なのです。性格も、どことなく佐久間盛政に

似ているように思いました。

 

白山麓での大量殺戮では、女性や子どもも、容赦なく殺害したり、処刑したようです。

徹底した掃討作戦により、その後の数年間、白山麓では人影をみかけなかったほどです。

セッションでみた人が、二曲姫であったとしても、なかったとしても、同じように戦乱で

怖い思いをして淋しく亡くなった女性が、他にもかなりいたような気がしました。

 

この人は、憑いていた人なのか、魂を引き継いだ前世の人なのか、いまひとつわかり

ませんでした。抜けていくときに、あまり苦しさを感じなかったのですが、抜けた後も、

全然すっきりしなかったのです。

 

なお、「憑いていた人」というのは、マリア先生がブログ「思凝霊と前世の違い」

書かれている「思凝霊」と同じ意味と思います。思凝霊については、マリア先生の

書かれたものが、わかりやすいので、上記リンク先のページをご覧下さい。

 

思凝霊の場合、私の感じ方では、抜けた後はすっきりします。一方、前世の場合は、

抜けるときにひどい眩暈がしたり、その後の数日間、後を引く感じがあります。

ですが、このときのセッションでは、どちらにも当てはまりませんでした。

 

セッション後に時間をかけて抜けて行ったのかもしれませんし、まだ、抜けていないの

かもしれません。これを書いているうちに、どんどん首が痛くなって、辛くなってきたので、

まだ、いらっしゃるのかもしれないという気もしてきました・・・。

 

- ヒプノセラピー:出家した山城の姫 終わり -