市役所って、
年が明けて、
2月になるとバタバタと市議会が始まって、
3月には年度末で事業の締めに追われて。
え? 今週、人事異動の内示が出るの?
みたいな、あっという間に過ぎていく年度末デイズ。
私の職場で言えば、市議会の本会議場でのアレコレがひと段落して、主戦場は常任委員会に移ってきたけれど、私の仕事ではあまり関連が無いので、予算委員会の準備に追われているという状況。
一方で、年度末に向けて業務の仕上げは急がなければいけないし、そのために自分以外の誰かを巻き込みながら、つまりは自分ひとりがどんだけ早く作業をしても進まないことが積み上がってきて、なんとな~く気持ちが重くなったり、くさくさしたりする季節。
あ~、ボチボチ花粉も飛び始めるのか~(鬱
そんなことを思っていたら、SNSで
「あなた、2年前にコレ書きましたよね」
というのが流れてきました。
はい、書きました。(忘れてたけど)
でも、この時期に、地方自治体ならではのモヤモヤを感じながら働く仲間の皆さんに読んでいただきたいな~と思って、少しだけ手を加えてリライト記事として公表しなおしますね。
この↓あたりから過去記事がベースのパートです。
ここのところ市議会対応中心の毎日で、その進行によって予定がズレたり、帰りが遅くなったりと、ちょっと愚痴っぽくなっています(笑)
「あ~あ~」
ってタメ息をつくとき、
「マズったな~」
って頭を抱えるとき、
ついつい過去を振り返って、「アレのせい」「あいつのせい」って言いたくなっちゃうんですよね。
そうやって“原因”を探して、特定して、それを責めたとしても、過去には戻れないし、それが自分以外の何かである限りは変えられないのに。
同じ振り返るなら、
「何が、私にできたコトだったのかな」
って考えられるようになりたいんですよね。
自分の外側にある原因は、それを特定したって自分の意志で取り除けません。こちらの都合で変えることもできません。
だけど、「私にできたコト」だったら自分でコントロールできるはずだから。
『7つの習慣』という本にも、“インサイド・アウト”というアプローチが提案されています。
あなたを取り巻く他者や環境を変えようとする(=アウトサイド・イン)のではなく、あなたがまず変わることから始める(=インサイドアウト)。
この考え方、もう10年ほど実践していく中で私はとても馴染んできました。
「あの人がやってくれたらこんなことにはならなかったのに~」
それは事実の観測としては、もしかしたら正しいのかもしれません。
でも、「あの人がやってくれる」という状況は、どんなに働きかけても最後の最後は「あの人」の在り様で左右されてしまう状況。
その最後の最後の「あの人」の在り様を、私やあなたが自分で決定し、変えることはできません。
私が私の意志で変えられるのは、結局“私”
“私”が変わることで、結果的にその影響を受けて外部の何かが変わることはあるかもしれないけど、“私”はそのままで、外部の何かを変えられるとは、ちょっと考えにくいですよね。
「あの人がやってくれたらこんなことにはならなかったのに~」
と思う先ほどの出来事であれば、
“私が”今回より何日早く伝えたらやってくれたか
“私が”どのように説明したらやってくれたか
“私が”どこまで下準備をし簡単にしたらやってくれたか
“私が”あの人とどんな信頼関係を築いていたらやってくれたか
“私が”●●すればやってくれたかかもしれない、この“●●”をどれだけ想像し、ふり返り、次の機会に備えられるか。
そのふり返りから始まる“私”の変化が、いつか来る次の機会の“結果”を変えるかもしれません。
さらに言えば、結果を変えるだけではなくて、こんな風にインサイド・アウトな考え方で過ごしていると、自分がどうあるかに集中できるので、他者の振舞いや周りの反応に一喜一憂することが少なくなります。
「そっか、そうなるのか。じゃあ、私がこうすればいいんだ」
だから、仕事で悲しくなったり悔しく思ったり、頭に来たりすることが少なくなります。
結果を出すためにも有効ですが、自分の心を平静に保ち、モチベーションを維持するのにも役立つ考え方かもしれませんね。
そしてそれは、
隣人との些細な行き違いも
職場の隣の部署とのゴタゴタも
家族との誤解も
やりたいことをできないのも
結構、共通していることなんじゃないかな~って思います。
皆さんは、いかがお考えですか?
写真は今年2019年のバレンタインのチョコとして、料理研究家の妻が作ってくれた“チョコレートテリーヌ”
手づくりでここまで作れちゃうのか~と感動!
もちろん味も大満足。カカオ度が高くて甘すぎず、食感もしっとりしていて大人のご褒美スイーツとして完成度高し!
【2016年2月26日の記事に加筆修正(リライト)した記事です】
完訳 7つの習慣 人格主義の回復