役人こそ 夢を語ってみては? | 公務員 島田正樹 〜仕事と私事と志事と〜

公務員 島田正樹 〜仕事と私事と志事と〜

仕事も家族・友人との私事も楽しみながら、魂を燃やして挑む“志事”で社会を変えていきたい! 地方公務員として働きながら、NPO活動、講演、執筆、ワークショップデザイナーなどに取り組む“公務員ポートフォリオワーカー”として活動しています。

夢を語れたらイイんじゃないでしょうか?


まちづくりに関係する仕事をしていると、
時々そういう場面に遭遇します。


4月に『都市局』という
イカツイ名前の部局に配属されてから、
“役所における”まちづくりの
担当部局なだけあって、

まちづくりに関する
職員のつぶやきはたくさん聴こえます。



そういうときに、

思わずニヤリとするのは、
職員が“自分の夢”として
まちの未来を語ってるとき。

もちろん、
行政として受け入れ難い夢も
ときにはあるのでしょうが、
個人としては応援したくなります。



しかし、


やっぱり多く聴こえてくるのは、

法律が、規制が、計画が......
地元の人たちの意見が......
幹部や関係部局が......

という夢とは反対の嘆き。



ともすると、
行政のまちづくり部局ですから、
関係する多くの関係者の調整役こそ
求められる役割と割り切って、

反対されないための資料の作り方や
根回しのノウハウばかり身に付いて、

自分はこの街にどうなってほしいと思うのか

という視点を忘れがちではないでしょうか?


いや、そりゃあね、役所という機能を考えれば、
それが素直な姿勢なのかもしれません。

でも。

(権利も含めて)自分ごととして
街のことを考える地元の人たちと、

一生の仕事として
その街と関わり続ける役所の職員とが、

一緒になってまちづくりに携わるなら、

職員も機能のための歯車であることを越えて、
個人としての理想をもっと
地元の人たちとぶつけ合ってもイイんじゃないのかな

なんて、

私がまだ“まちづくりの部局のスタッフ”としては
素人の域を出ないからこそ
言えることなのかもしれませんけどね(^^;;



皆さんは、所属としての考えと
自らの個人としての考えと
どのように区別して表現していますか?