アパートの部屋などを借りる時に支払う敷金。これは一種の担保としての性質を持つお金で、賃貸借契約が終了した時に、原則として借主さんに返されるお金です。しかし、賃貸借契約の終了時に部屋に損害が発生したりしていた場合には、この敷金は部屋の修繕費用に充てられ、敷金でも修繕費用に十分でない場合には、さらに貸主さんは借主さんに修繕費用を請求することができます。


 しかし、どこまでが敷金でまかなわれるべき損害なのかがあまり知られておらず、結局、なし崩し的に貸主さんは敷金を返還せず、借主さんも何となく敷金の返還請求をせずに、賃貸借契約を終了して退去するケースが多いようです。実際に敷金で担保される損害とは、どこまでを指すのでしょうか?


■民法上の賃貸借契約の原則:


 まず、原則として、アパートの部屋などの賃借物の修繕義務は貸主さんが負っています。民法606条にはこのようにあります。


民法606条 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。


 賃借物は貸主さんの所有物なのですから、その修繕費用も貸主さんが負担するのが当然です。借主さんが貸主さんに代わって修繕などをした場合には、その費用を貸主さんに請求できます。


民法608条 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。


 しかし、だからと言って何でもかんでも貸主さんの負担かと言うと、そうではありません。借主さんの使い方が不味かったために生じた損害については、当然、借主さんが費用負担することになります。


■賃貸借契約終了時の原状回復義務:


 さて、賃貸借契約が終了し、アパートの部屋を大家さんに返す時には、原状回復をして返還するのが通常の契約の形です。簡単に言うと原状回復とは、「貸した時の状態に戻して返してね」という意味なのですが、全ての物は時が経てば古くなり、自然に傷んでくるものです。国土交通省のガイドラインによると、この原状回復を次のように定義しています。


原状回復とは、賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による消耗・毀損を復旧すること


 つまり逆に言うと、いくら原状回復といっても、アパートの部屋を借りた借主が普通に生活していて生じた損耗についてまでも、もとに戻す必要はないということです。


 この点をわかっていない借主さんや貸主さんが多くて、損耗は全て原状回復義務に含めて、その修繕費用を敷金でまかなおうとする結果、貸主さんは敷金返還に応じないというケースが多いんですね。

 ですが、ここまでお読みいただけたなら分かるとおり、借主さんの通常の使用によって生じた損耗の修繕費用は貸主さんが負担すべき物であって、これを借主さんの負担にして敷金でまかなうことは、本来は認められないものなのです。その分の敷金は返してもらえて当然のお金なのです。


■どこまでが通常の使用による損耗なのか:


 では、賃借物件の損耗のうち、どこまでが貸主負担で、どこからが借主負担になるのでしょうか。こちらも国土交通省のガイドラインに基づいて見ていきましょう。


○床:


---貸主負担---

・フローリングのワックスがけ

・畳の表替え

・家具の設置による床やカーペットのへこみ

・畳の変色、フローリングの色落ち


---借主負担---

・キャスター付きの椅子等によるフローリングの傷

・賃借人の不注意により雨が吹き込んだことによるフローリングの色落ち

・引っ越し作業でできた引っかき傷


○壁・天井:


---貸主負担---

・通常のクリーニングで除去できる程度のタバコのヤニ

・テレビや冷蔵庫の背面の黒ずみ(電気ヤケ)

・壁に貼ったポスターや絵画の跡(日照など自然現象によるもの)

・画鋲やピンの跡(下地ボードの張り替え不要なもの)

・クロスの変色(日照など自然現象によるもの)

・エアコン設置のための壁のビス穴、跡


---借主負担---

・賃借人所有のクーラーからの水漏れによる壁の腐食

・賃貸人所有のクーラーからの水漏れを賃借人が放置したことによる壁の腐食

・壁等のくぎ穴、ネジ穴(重量物をかけるためのもので、下地ボードの貼り替えを要するもの)

・予め設置された照明器具用コンセントを使用しない場合の天井に直接つけた照明器具の跡


○建具等:


---貸主負担---

・網戸の張り替え

・地震による窓ガラスの毀損


---借主負担---

・ペットによる柱等の傷


○設備その他:


---貸主負担---

・台所やトイレの消毒

・鍵の取り換え

・耐用年限経過による設備機器の故障


---借主負担---

・風呂やトイレのカビ等(借主が手入れを怠った結果のもの)

・ガスコンロ置き場や換気扇等の油汚れ(借主が手入れを怠った結果のもの)


 こうして見ていくと、意外に貸主負担の部分が多いことに気づきます。私も司法書士になる前に住んでいた部屋を退去する際には、テレビの後ろの電気ヤケを理由に敷金を返してもらえませんでした。敷金は地域や物件によっても異なりますが、家賃の1~3か月分という風に結構な額のお金になります。ただでさえお金のかかる引っ越しですから、部屋を退去する際には、当然の権利として敷金の返還を請求してみてはいかがでしょうか。