先ほどの日記に書きましたB-1グランプリ、初日の結果が発表されました。

15位 めいほう鶏ちゃん研究会 めいほう鶏ちゃん
14位 明石名物ひろめ隊 あかし玉子焼
13位 十和田バラ焼きゼミナール 十和田バラ焼き
12位 浪江焼麺太国 なみえ焼そば
11位 すそのギョーザ倶楽部 モロヘイヤ入りすその水ギョーザ
10位 オホーツク北見塩やきそば推進協議会 オホーツク北見塩やきそば
9位 みしまコロッケの会 みしまコロッケ
8位 金太郎プロジェクト推進委員会 足柄まさカリー 黄金(きん)のポット
7位 やきそばのまち黒石会 黒石つゆやきそば
6位 いなり寿司で豊川市をもりあげ隊 豊川いなり寿司
5位 三浦中華料理研究会 三崎まぐろラーメン
4位 ひるぜん焼そば好いとん会 ひるぜん焼そば
3位 八戸せんべい汁研究所 八戸せんべい汁
2位 津山ホルモンうどん研究会 津山ホルモンうどん

そして第一位は・・・

1位 みなさまの縁をとりもつ隊 甲府鳥もつ煮

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まだ明日もあります。

スタッフの皆さん、頑張って!!
スタジオシフト代表の深澤竜也です。

本日よりB-1グランプリが厚木にて開催されているようですね。

私が住む山梨からも「鳥もつ煮」が出場し、グランプリ獲得が期待されています。


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いままでには横手焼きそばや富士宮の焼きそばなんかの受賞が有名ですよね。

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そして宇都宮餃子

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これは地域資源の掘り起こしの活動の一旦です。

私達クリエイターに、今一番要望が多いのが、この「地域資源活用」です。

日本も国として、経済産業省、総務省、全国商工会連合会などで「地域資源∞全国展開プロジェクト」
として特産品の開発を助成しています。

「ニッポンいいもの再発見」とうたい、地域の活性化をはかっています。

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例えばこんな活動です。


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フルーツの国岡山の「フルーツパフェの街プロジェクト」

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三遠南信...愛知、静岡、長野の隣接地域の地域資源をみんなで掘り起こそうというプロジェクトです。


今は地域発信が叫ばれて、都道府県ではなく、各自治体や上記のような地域として、様々な地域資源が世の中に出てきており、逆に煩雑になりすぎて、消費者には良くわからなくなっているというのが現状です。


しかしその地域に行き、お土産に名産品を買ってくることは、楽しみの一つでもありますね。


ここで私たちクリエイターが注意しなければならない事があります。

なんでもかんでも、世の中に発信していけば良いというものでは無いということです。

自分が納得できないものは、納得できるまでその資源を改善していく。

「自分がその資源を好きになる」ということです。

そうしないと、受け取る側にその良さが伝わらない。

そういう開発になってしまい、そういうものはすぐに消えていきます。


私たちクリエイターは、まずその資源を見極め、不足してると思われる部分を伝え改善する。

自分が好きになれば、それを買う人、見る人に、その良さを伝えることができます。

つまり地域資源に関して言えば、開発から携わらなければ、本当に良い仕事はできないのです。

この部分は企業の商品PRとは一線を画すことかもしれませんね。
友人が新婚旅行でペルーに行き、帰ってきました。

早速お土産と手紙をいただきました。



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嬉しいものですね。

幸せのお裾分け。

さてペルーという国には昔から興味があって、しかしながら行ったことはありません。

インカ帝国、ナスカの地上絵、マチュピチュ・・・

友人がいろいろな写真を送ってくれました。

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マチュピチュですね。

高い山の尾根(標高約2,057m)に位置するインカの遺跡。

「マチュ・ピチュ」はケチュア語で「老いた峰」を意味する。

山裾からはその存在を確認できず、しばしば「空中都市」「空中の楼閣」「インカの失われた都市」などと呼ばれていました。


この都市は通常の都市ではなく、インカの王族や貴族のための避暑地としての冬の都(離宮)や、田舎の別荘といった種類のもの。

遺跡には大きな宮殿や寺院が王宮の周囲にあり、そこでの生活を支える職員の住居もあります。

マチュ・ピチュには最大でも一時に約750名の住民しかいなかったと推定され、雨季や王族が不在の時の住民は、ほんの一握りであったと推定されています。

この都市はインカの王パチャクティの時代の1440年頃に建設が着手され、1532年にスペイン人により征服されるまでの約80年間、人々の生活が続いていたということです。


続いては

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ナスカの地上絵です。

地上絵「手」。全長50m。生物の手は9本と信じられていた古代の人間を描いているらしいです。

紀元前2世紀から6世紀の間に、「描かれた」と考えられている。

1939年6月22日、動植物の地上絵は考古学者のポール・コソック博士により発見され、ドイツの数学者、マリア・ライヘがこの地に住み着き、彼女を中心として、地上絵の解明作業と、保護が行われるようになった。

コソック博士に続き地上絵を発見した、マリア・ライへ女史が観測用に建てた展望台(やぐら)です。

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様々な図形を大規模に描き上げた方法としては、十分な大きさの原画を描き上げた上で適当な中心点を取り、そこを起点にして放射状に原画の各点を相似拡大する方法、「拡大法」が採られたという説が提唱されています。

九州産業大学の諫見泰彦准教授(建築教育学)はこの方法を用い、小学校の算数の授業として、児童による画鋲2個と糸1本のみを使ったナスカの地上絵の再現を、グラウンドや体育館で複数回実践。

児童50名から160名により、いずれも開始後150分以内で再現に成功し、その教育成果により小柴昌俊科学教育賞を受賞しました。

2010年には小学校の校庭に児童や保護者ら30名で、実物の5分の3程の大きさのハチドリを描くことにも成功しており、日本の小学校で習う算数の知識があれば制作が可能であるそうです。



宇宙人が描いたとか、いろんな説がありましたが、ナスカ人の努力の賜物だったのですね。

なぜ描かれたのかは暦法関連説、社会事業説、雨乞い儀式利用説 などに意見が分かれているようです。