「新城には魔女がいる・・・」そんなまことしやかな噂をちらほら聞き始めたのは、3年前、ここに引っ越してきて少し落ち着き、新城のことを探索していた頃。
「やだ・・・なにその怪しい人♡会ってみたーい(´▽`)」と小学生の頃の裏将来の夢が「魔法使い」だった私は、超興味津々でした(ちなみに、表将来の夢は、動物園の飼育員)。
しかし、新しい土地に慣れるだけで必死なところに、長男坊の妊娠・出産、長女の登園拒否などのイベントが満載で、全く足を向けるご縁がなく、2年の歳月が過ぎました。だいぶ新城・豊橋で友人が増え(新城在住なのに、なぜか豊橋の友人が激増した不思議)、その中には魔女こと、李先生と繋がっている人もおり、FBのタイムラインで李先生の投稿を見かけることも多くなりました。
「えんじゅ整体室(李先生が営む整体室)、行ってみたいな~」
と思いつつも、なぜか足が向かぬ自分に若干イライラしつつ過ごしていたある日、FBで友人がやってる「譲ります・譲ってください」的ページで、私が「電気温灸器、譲ります」と出したところ、なんと、李先生自ら「整体室で使いたいです」とコメントが!!
時は満ちた・・・
というわけで、長くなりましたが、こんな経緯で私は李先生のお世話になるようになったわけです(´▽`)
【時は満ちすぎていた】
温灸器と引き換えに、李先生の整体を受けさせてもらえることになった私。「整体受けてみたかったんだよね♪」と、あくまでも整体で気持ちいい~♡となることだけを期待して、ウキウキしながら約束の時間にえんじゅ整体室に行くと、そこには先客・・・というか、子どもにおっぱいあげながら、ベッドに寝転ぶ友人の姿が・・・
李先生「今日はみんなで施術を受けて、それのシェア会をしましょう!」
やべー、これ絶対濃い流れ来たよ?
心の準備が整っていませんでしたが、今にして思えば、心くらい準備しとくべきだった(´▽`)
李先生から聞かされるあまりにも濃く不可思議な話題は、いわゆるスピリチュアルの世界に半分足を突っ込んでいた私の心をわしづかみにし、どっかんどっかん終始笑い過ぎで、何話したかは大半が記憶喪失(笑)
ただひとつ、はっきり覚えていること。東日本大震災の話。確か輪廻転生の話か何かしていたのだと思いますが、李先生が「あの日、津波で亡くなった人の魂が、異例のスピードで生まれ変わってきていて、そういう話をしてくれる子どももいるらしい」と話してくれたその時、私の頭に、長女のことが思い浮かびました。
ここで、一度、えんじゅ整体室の話を離れ、長女の過去世の話をしなくてはなりません。が、しかし、長女自身は過去世の辛い出来事は忘れたがっているようで(by 李先生)、現に、もう今は長女が自分で話すことはありません。私たちも、過去世の話はおろか、津波の話もしないようにしています(時々、長女自らお風呂で「津波だ~!」とかやってますが。苦笑)
今は、こうした情報を必要とされている方がいるかもしれないので書きますが、どうぞ、日常では、長女をそっとしておいてあげてください。話を振らないであげてください。彼女はもう、「今」を楽しんでいます。多分、長女がこのブログを読むようになったら、こうした記事は消すかもしれません。
はい、で、長女の過去世の話です。
長女が2歳の夏のことです。家族3人(+お腹に長男坊)でドライブをしていた時、ちょっと時間があったので、旦那が「ダム湖のほうまで行ってみようか?水遊びできるかもしれないよ?」と言いました。すると、それまで楽しそうに笑っていた長女が、超真剣な顔で、「ダメ!!」と言い出したのです。
私「どうしたの?」
長女「行っちゃだめ!流されちゃう・・・」
私「流される?」
長女「流されちゃう・・・海に・・・流されちゃって・・・K(長女の本名)、死んじゃった・・・」
私&旦那「!?」
長女妊娠中に胎内記憶の話を知った私たちは、瞬時に「前世記憶」だということに気付きました。
長女は当時まだ2歳。言葉が若干遅く、とても拙いしゃべり方をしていました。でも、この時はとても流ちょうにしゃべっていたのです。「流される」なんて単語も、使っているの聞いたことないのに。何より、その真剣で切迫した彼女の表情は、私たち両親を「これは本当の話だ」と信じさせるにあまりあるものでした。
長女がちょっと混乱した様子だったので、その場は「じゃあ、ダム湖に行くのは止めようね」と話して落ち着かせて一旦話を終わりにしました。どうでもいいけど、旦那よ、ダム湖で水遊びはできんのではないか?いまさらだが。
後日、またちょっと話を聞いてみたくなり、長女に聞いてみました。
私「海に流された時は、泳いでたの?」
長女「ちがう。車に乗ってた」
私「(じゃあ、海水浴中じゃなかったのか)海の中に何があった?」
長女「家がたくさんあった」
うん、それは津波だね?
でも、胎内記憶の話にありがちですが、一度話すと長女も満足したのか、それとも恐怖の体験に自分で蓋をしたのか(多分、後者)、それ以降、話をしなくなりました。私たち大人も、あまり思い出さないようになりました。
けれども、「顔に水がかかることを極端に嫌がり、少し水がかかるだけでパニックを起こす(生まれた後割とすぐから)」「テレビの地震の情報に異常なほど反応を示す」「実際体験したことはないのに、地震と火事を泣くほど怖がる」などの長女の状態から、過去世の死因が、今の彼女の心身にも多大な影響を与えていることが分かりました。
しかし、津波だからと言って、3.11とは限らない。現に、長女が私のお腹にやってきたのは、3.11直後の4月末。胎内記憶の第一人者の池川明先生の本によると、生まれ変わるには魂が長蛇の列をなして長い間待たなくてはいけないそうじゃないか。1か月ちょっとなんて早すぎる。
きっと別の地震だろう・・・と私は思っていましたが、李先生の話を聞いて、ふと「うちの長女も前世、津波で亡くなったようなんですよー」と気軽に言ったら、李先生、手を止めて、何かを感じ取ったかのように、
李先生「娘ちゃん、東日本大震災で亡くなってるね・・・」
と言うではありませんか。
やべー、魔女だー。本物の魔女だー、この人(失礼)
ちなみに、後日、長女を連れて再び訪問したのですが、長女の前世と思われる情報出てくる出てくる。「赤いヴィッツに乗ってる時だったね・・・」とか「 そのヴィッツに盛り盛りの縫いぐるみ乗せてた。そして、マツエクミニスカネイルぴかぴかで多分保育士とかだったんじゃないかな?仕事の時のスタイルにもこだわりのある超お洒落女子(確かに、今でもそんな感じだ)。しえちゃんとは正反対ね(^^)でも、(あの日地震がなければ)しえちゃんと大親友になるはずだった。とても縁の深い仲なのね~」とか・・・どんなけスキャン能力高いんですか(´Д`)これ以上聞くと、前世の人物が特定されてしまいそうで怖いので、聞いてません(笑)
そんなわけで、断然李先生に興味が湧いてしまった私、後日長女をここに連れてこようと決意したわけです。
【李先生の施術~身体へのアプローチ~】
「長女をえんじゅ整体に連れて行きたい」と思いついたものの、そこに「長女の前世知りたい」とか何かの意図があったわけではなく(多少の興味はあったけど、上記ほど詳しい情報が出てくるとは思わなかった)、何だかよくわからないけど、「李先生と長女を会わせてみたい」と思っただけなのです。
なので、きっかけはなんでも良かった。丁度、長女と長男坊が2人そろって胃腸風邪になり、大分回復したけれど、あともう一歩回復に後押しが欲しいというのを言い訳に、えんじゅ整体の門(?)を叩きました。
2人そろって連れて行ったのが、また違いが分かって良かったのか・・・李先生の施術に対する反応が、2人で正反対だったのです。
李先生の鳴らす音叉をただ不思議そうに眺め、体に当てられるとくすぐったくて、ゲラゲラ笑う長男坊。
少しは警戒しろよ
と言いたくなるくらいすぐに李先生にもなじみ、あっという間に終了。
どうせぼくなんて・・・
問題は長女。音叉を鳴らされると、耳を手でふさぎ、ベッドから一目散で逃げ出しました。その後も警戒してベッドには乗らず、少し怒った様子で「お絵かきする」と持ってきた色鉛筆を広げ、やれ机がぼこぼこしてるのが気になるだの、文句を言いながらお絵かきを始めました。
その様子を見ていた李先生が一言。
「この子、感覚過敏かも、ね・・・こだわりが強いでしょ?」
魔女、キタ(°∀°)
とは言っても、今回は不思議パワーを炸裂されたわけではなく、客観的観察の結果なのですが。
まず、長女が色鉛筆を握る手。当時年中さんですでに5歳でしたが、鉛筆がぐー握りしかできませんでした。箸は普通に持てるのですが、鉛筆はダメ。何度か持ち方を直そうとしましたが、うまく塗れなくて長女が嫌がるので、「その内持てるようになる。それより、自由に絵を描く楽しさの方が大事」とそっとしていました。
李先生はその理由を「力が入らないからよ。筋肉が少なくて弱いから、普通の持ち方だと強く書けないのよ」と説明してくださいました。
そして、音叉に対する過剰な反応。長男坊がいわゆる普通(?)の反応のようで、長女がこれだけ嫌がるには訳がありそう。
文句が多いのも、気になるポイント。弟に自分のお気に入りのふりかけがかかったおにぎりを食べられただけで、パニック(止めたのに長男坊もなぜ食べるのだ・・・)。他の味のおにぎりも、他の食べ物も持ってきていたのに、それ一点に固執して、ぎゃん泣き。こだわりの強さは、滞在ものの30分程度でも、李先生には丸わかりでした。
こだわりが強く、予定外のできごとに弱い長女
そのため、不機嫌なことも多い(この時は自分で「お散歩に行こう!」と言ったのに、思いのほか暑くて、5秒でふてくされた)
おにぎり事件でパニックを起こし、私を叩こうとする長女を取り押さえつつ(普段、人を叩くことは絶対にしない)、李先生の話を聞きました。
かいつまんだ解説(あまりよく覚えていないともいう)。同じような症状があり、詳しく知りたい方は李先生まで。
・お腹が弱くて、消化吸収がままならず、アミノ酸をはじめとした栄養が取れていない
↓
・だから、筋肉が弱く、鉛筆が持てない
↓
・脳細胞壁も材料不足となり、ひとつひとつの脳細胞がしっかりしていないため、音が脳内で響きやすく、普通の人の10倍の音響で聞こえているので、不快になる。他のすべての感覚(触覚・味覚なども)も同様に敏感になり、普通の人には気にならない刺激にも、過剰に反応してしまう
↓
・アミノ酸などの栄養が取れていないため、消化吸収に関わる腸や肝臓などの力も弱く、腸や肝臓などの力が弱いために栄養が吸収できない、栄養が吸収できていないから、味覚も含めた感覚過敏はいつまでも改善できなくて偏食が多く、さらに栄養が取れないという負のスパイラルにある
そんなこと急に言われても・・・
ただ、「胃腸風邪の病後回復のために」来たつもりだった私、軽いパニック(´▽`)えー、私、何しに来たんだっけー?
長女は長女で正体不明になるくらいパニック起こしてましたのでね、えぇ、長男坊だけがなぜか「ぐふふ♪」と楽しげでした。
誰のせいでお姉ちゃんはパニックを起こしたのかと・・・
ぼくでしゅ・・・
「(こだわりが強くなってしまいがちだったり、刺激に弱かったりして)いわゆる発達障がいに近いものがあるのね、感覚過敏の子は」と李先生に言われて、私、頭真っ白。身近な友人の子にもその判定された子もいますし、でも、そうした子もかわいいし、発達障がい自体には別に悪い印象ないのですが(そもそも発達障がいという言葉自体、私はどうかと思ってます)、やはり療育など特別なサポートが必要でちょっと(人によってはだいぶ)苦労するというイメージが強いので、「うちもか!?」と身構えてしまいました。
すぐに李先生、「『近い』ってだけで、別にそうだってわけじゃないのよ」とフォローされましたが、確かに、判定をされた子の情報を聞く限り、うちの長女はそこまでの感じではない。親としては日常生活困ってますが(特に偏食)、こども園という社会生活を送るのに、特別なサポートまでは必要そうではない。だから、特に気にしていませんでした。親が苦労しておけば、どうにかなるレベルだと思っていたので。発達障がいだなんて、そんな・・・と思っていた私には
李先生の言葉は青天の霹靂であり、とても正直なところを言ってしまうと、「ほおっておいてほしい。そっとしておいてほしかった」親子の問題でもありました。
青天の霹靂
この写真に特に意味はない
もう何も聞きたくない。現状維持でいいです。親が気を使っていれば、日常生活送れてるからいいじゃないですか― 私の顔にはそう書いてあったでしょう。でも、そこを切り込んでくる李先生。
李先生「小学生になって、段々社会に出ていくようになって、困るのはこの子よ」
あべし
イメージ図
そうですよねー。「親が苦労しておけばいい」なんて、親の我儘ですよねー。真に我が子のことを考えるのであれば、何らかの対策を取らねばなりませんよねー。ぐふぅ。
逃れられなくなった私は、李先生が教えてくださった、「栄養療法」に取り組むこととなりました。
つづく・・・