「執着のスパイラル現象」=「あるモノにこだわると、徹底的に執着する」を起こすと、必要のないモノが溜まっていき、置き場所に困るほどになります。

 しかし中には、執着しても溜まっていかないものがあります。

 むしろ執着すればするほど、自分の元から逃げていくもの。

 それは、「お金」です。

 古今東西、お金の亡者と呼ばれる人は貧乏です。

 貧乏だからお金に執着する?いや違います、「亡者」の「亡」は「なくなる」という意味の言葉です。亡者となるから、お金がなくなるのです。

 ただし、お金をすべて手放すわけにはいきません。

 お金は生活の必需品。僧侶をしていると「お金の必要などありませんね」と言われることもありますが、答えに窮します。

 いくら和尚とはいえ、家族もいますし、生活に必要なものは買ってこなくてはなりません。モノを買うにはお金も必要です。収入を得る仕事もしなければなりません。

 大事なのは、考え方だと思います。

「お金を儲けるために仕事をする」のでは、お金への執着のスパイラルが起こって、頭の中がカネ、カネ、カネになりかねません。円谷英二さんの怪獣ではありませんが、顔ががま口のように変貌するかもしれません。

「お金を儲ける」のではなく、第一には「自分に与えられた務めを果たす」と考えるべきではないでしょうか。その結果として、「お金は後からついてくる」くらいの気持ちでいるのがいいでしょう。

 あくまでもお金は報酬です。務めを果たした結果としてついてくるものです。

「報酬を得る」のと、「お金に執着する」のは別次元の問題です。

 もし必要となる以上のお金が手元に残ったときには、溜め込むのではなく、恵まれない人や、被災して厳しい生活を余儀なくされている人に寄付し、社会貢献のために役立てます。お金を溜め込むと、また「執着のスパイラル現象」となりかねませんから。

 

 

仏教が説く「Win-Winの関係」

 

 ビジネス界では近年、「Win-Winの関係を目指そう」ということが、すっかり定着してきた感があります。利益が相反する相手とでも、「お互いにメリットのあるやり方を模索していきましょう」という姿勢です。

 その一つの表れとして、企業間で盛んに「コラボレーション」が行われるようになってきました。たとえばお互いの得意とする技術を生かして新商品・新サービスを開発するとか、互いの顧客層を共有して新たな市場を開拓する、設備を共用して無駄を省く、自社製品にブランドのデザインを組み合わせるなど、様々な方向で協業が実現しています。

 これらは新しい考え方のようですが、仏教では実は古くからこの「Win-Winの関係」を築くことが、当たり前のように実践されてきました。

 そのキーワードが「利他」―。

 他人のためになることを優先させて行動する、それが自分を鍛え上げることにつながり、結局は自分自身のためになる。そういう考え方です。

 逆に言うと、「自分がよくなりたかったら、相手にもよくなってもらうことが必要だよ」とも読めます。

 

 このことは、上司と部下の関係にも当てはまります。部下が能力を発揮して実績を上げてくれれば、上司である自分もいい方向に向かいますよね?

 そうなるように、上司は部下が仕事をしやすい環境を整えたり、助言・助力を惜しまずに与えたりすることが大切なのです。これこそが「利他の心」です。

 一方で、部下の手柄を横取りしたり、自分の手柄のように触れ回ったりする上司が少なくないと聞きます。それはとんでもないこと。そんな上司に部下がついてくるわけはありません。やる気をなくして、士気が下がるだけです。

 いい上司は、いかに自分がいいアドバイスを与えたにせよ、部下の実績を「君が努力したからだよ」と褒めてやり、逆にうまくいかなかったときはすべての責任を引き受ける度量をもった人。部下は自然と「この人についていきたい」という気持ちになります。

「利他の心」が部下の背中を押し、会社全体の実績を上げることにつながるのです。

 実際に、「自分が、自分が」と前に出てアピールする人より、部下のために思って裏方のように立ち回る人のほうが、周囲からいつの間にか前に押し出されて出世していくケースは多いものです。

「利他の心」で相手のために動けるリーダーが、結果的に一番成功するのです。

 

―「淡交」という人間関係の極意

・普段は「つかず、離れず」の距離感で

 

 たとえば恋人ができたとき、最初のうちはそれこそ”蜜月時代”。毎日のように会ったり、日に何度も電話やメールをしたりで、「べったり」したつき合いに終始するものです。ただ「べったり」は、長続きしません。上手に「さっぱり」にシフトチェンジしていかないと、愛を育むまでに至らないことがほとんどです。

 これは、男女関係に限らず、人づきあい全般に当てはまることです。どんなに気の合う友人でも、「べったり」より「さっぱり」のほうが長続きするのです。実際、親しい人と一週間・二週間の長旅に出たら、関係がぎくしゃくしてしまった、というのはよくある話。関係を修復するには、しばらく会わない時間が必要になります。

 大事なのは、メリハリです。普段は、「つかず、離れず」。ある程度の距離を置く。それでいて、頻繁に連絡を取り合ったり、助け合ったりする必要のある時だけ、「べったり」でいく。そのくらいのバランスがちょうどいいかと思います。

 人づきあいはすべからく「淡交」―淡い交わりを基本とすると、いい関係を長続きせることができます。それがまた、「縁」を大事にするということなのです。