今年は
仕事で大きな転機があった。


昨夜、弟から電話があった。
まだ夕飯を食べていないと言うから
「忘年会をしよう!」と
一緒に夕飯を食べた。

話す中
会社はさらに大変な事態になることが
予想される状況になってしまった。

いくら弟に対策案があっても
弟が職員に話し
賛同してくれる職員がいなければ
どうにもならない。

それが非常に難しい。


会社と弟に関しては
自分の役割を考えても
まだまだ模索中で答えがみつからないけど
自分がやるべきことを
自分にできることを
自分なりに精一杯やろうと思う。

そして

今年は『生』『死』を
考えさせられる訃報が多かった。

今までも大切な人を亡くしてるし
私自身も乳癌をしてるし
仕事上も含め
これまでも
『生』『死』を考えることが多く
直面してきた。

でも、
今年の訃報はさらに考えた。


ちーちゃんは
私にとても大きな学びを教えてくれた。

ちーちゃんはリリちゃんとロキーに
愛されまくっていた。

私が思うに
ちーちゃんはそれをちゃんと理解していた。

ちーちゃんは
歪んでいる私の心を大きく動かした。

人によっては
たかが、犬、所詮、犬、
ペットでしかない、と思うかもしれない。

人それぞれだから
そう思う人はそれでいい。

でも
私にとっては
血縁だけで家族という
しょうもないくくり方をするより
共に過ごす犬の方が
本当の意味の家族である。


その他でも訃報があった。


これを思わせる訃報がいくつか耳に入った。

訃報はいつも突然だけど
知り合いのお兄さんが
仕事の合間
机に座りうつ伏せて
休憩していると思いきや
実は脳出血で亡くなっていたと聞いた。

50代前半。
とても忙しく働いてきた。

最後の最後まで仕事着で職場だった。

疲れて仮眠してると思われて
疲れてるから仮眠させてあげようと思われて
逝ってしまった。

昨日は
職場の子の
お兄さんが亡くなったと聞いた。

30代前半。
急性心筋梗塞。


助かる人…
亡くなる人…

この境目は一体なんだろう…

これを
持って生まれた運、と言うなら
そうかもしれない。

でも、
大切な人を亡くした者としては
そんな言葉では到底納得がいかない。


そして
以前働いていた同僚の弟さんが
亡くなったと聞いた。

アスペだった。

きっと
私が想像する以上に
生きにくかったんだろうな…

死んだら終わり。
自ら命を断ってはいけない。

そう言う人の気持ちも分かる。

なまじ
癌になんかなってしまったから
健康な人がうらやましい。
胸がある人がうらやましい。

そんな気持ちもある。

だけど
生きる意味がないと感じ
生きる希望がなく
生きることに絶望している人の
心を動かすのはとても難しい。

早かれ遅かれ
死は必ず訪れる。

私は乳癌だけど
乳癌になったからといって
乳癌で死ぬとは限らない。


いつ死期がやってくるかは分からない。

結局は
私なりに、生きて、逝く、ことになる。


何はともあれ
今年も一年
私、ひこにゃん、みるく
一緒に過ごすことが出来た。

それが一番ありがたかった。

ひこにゃんがコレをくれたkirakira*

さっき使った。

今までやってきた
みじん切りはなんだったのか?!

アホらしくなった笑

道具って凄いな。

サヨナラ、みじん切り。

サヨナラ、2019年。