今まで
人生の中で
色々な選択をしてきた。
私に限らず
生きてる限り
常に何かしらの選択がついてまわる。
どうしたらいいのか…
自分はどうしたいのか…
これでいいのか……
私は新卒で就職してから
これまで
いくつか職場を変わってる。
それは
前の職場が嫌というよりは
給料や保障や勤務地の近さなど
娘との生活をより良くしていくためだった。
だからと言って
私は娘のためだけに
我慢して仕事をしてきた訳ではない。
でも
出産後
私なりに訳あって
早々に離婚を決意し
選択したのは私だから
自分できちんと生計を立て
自分が思う最低限の責任は
果たさなくちゃいけないと
それは、もう、強く思ってきた。
責任感、ではない。
母子家庭の意地だった。
離婚を決意した時に思ったことは
今でもハッキリ覚えている。
どんなに罵られ、辛いことがあっても
この選択は間違いじゃない!
今すぐ答えは出ないけど
死ぬ時は
これで良かったんだと思う。
そう思えるように頑張る!
そして、
どんなにバカでも
何、そこ?と思っても
行きたい学校に行かせる!
これには、並々ならぬ思いがあった。
まさに、母子家庭の意地のかたまり。
でもね、そりゃ、そうなるよ。
だって、資産は何も残せないから。
日々の生活でいっぱいいっぱい。
残せるのは
やりたい勉強をさせてあげる。
それしかないと思った。
その勉強が自分の思いに反しても
それは娘の選択だから仕方ない。
でも、出来るなら、
何かしらの資格を取ってほしいと思った。
私自身
それで助けられてるから。
そっちに誘導せねば、と思った(笑)
だから
一生懸命働いた。
夜勤、残業、呼び出し、研修など
とにかく不規則勤務だった。
娘は赤ちゃんの時から
私に合わせるしかなかった。
全ては私にかかっていた。
こんな働き方でいいのか?
いつかしっぺ返しが来るんじゃないか?
常に悩んでいた。
働き方は他にもある。
でも、
生活のため
行きたい学校に行かせるため
私は働き方を変更しなかった。
だけど
一生懸命貯めたお金
根こそぎ持っていかれた…
それでも
行きたい学校に行かせるんだ!
って思いは変わらなかった。
また働こう。
働けばなんとかなる!
そしたら、乳癌になった…
頑張る気持ちとは裏腹に
私の心は崩れてしまった。
私は案外もろかった……
情けないぐらい弱かった……
幼少期から
反骨精神、反面教師、何クソ根性、
それだけを基盤に生きてきたのに
自分の弱さを見せつけられた……
こうなると
変わらない部分を持ちながらも
変わる部分が出てくる。
乳癌になり
悟ったことがいくつかある。
大げさに思うかもしれないけど
やはり
今後の生き方や価値観が変わってくる。
人間関係を見直した。
見直すというより、よく分かった。
自分を心配し励ましてくれる人
そうではない人
嘘みたいによく分かった。
本当に痛いぐらい学んだ。
仕事に対する考えも変わった。
職業柄
自分が癌患者の立場になったからこそ
いろんな思いを知った。
仕事ってなんだろう…
身体を
気持ちを
こんなに酷使してまで
ここで働かなくちゃいけないのか……
生きていくため。
生活のため。
それは、分かってる。
考えたくはないけど
癌になった以上
この先の心配と不安がついてまわる。
娘は再受験し、今、大学4年生。
まだ、あと2年半勉強がある。
避けては通れない
現実問題がいくつもある。
だけど
乳癌になり思った。
最後は
自分が納得するところで働きたい。
自分が納得するところ、とは何か……
それは
助けてくれた人に報いたい。
身体が動くうちに恩返しをしたい。
これは
相手を思ってのことじゃない。
私はそない立派な人間ではない。
ただの自己満足。
でも
本当にお世話になり
助けてもらうだけ助けてもらい
自分の夢だけ叶えてもらい
相手の大変さや目標を知っていながら
スルーする…
それは私には出来ない。
非力なりにも
私なりの返し方がある。
そう思いながらも迷った。
迷いに迷った。
最後の職場は20年勤務して
そこを辞めてまで?
せめて娘が卒業してからにしたら?
という気持ちも正直あった。
だけど
「今」
「今」なんじゃないか
という気持ちもあった。
これでいいのか?
私は大丈夫なのか?
娘にもずっと相談してきた。
娘は
「母の好きにしていいよ。大丈夫。」と言った。
だけど
自分で選択しながらも
私は
これまで経験したことがない不安と
自分の弱さに
向き合うことになった。
癌になり
仕事を変わるということは
こんなに不安なのか…
事故、事件、災害、病気
誰しも
明日の保障なんてありゃしない。
私は
考えすぎてしまうところがある。
勝手に考えて自爆する。
そして
自分でもびっくりするぐらいの
変な不安スイッチを持っている。
持ちたくてもったんじゃない。
悲しいかな
考えることも
不安スイッチも
私にとっては自己防衛のひとつでもある。
でも
もう少し
もう少しだけ
肩のチカラを抜けたら……
そう思ってきたけど、なかなかできない。
これも、性格。
厄介なオンナ。
そんなこんなで
6月は気持ちがしんどかった…
信頼してる人にすがり
泣いてばかりだった…
でも、7月。
明日から新しい職場。
足りないながらも勉強も少しした。
あとは実績で学ぶしかない。
ここにきて
ようやく
本来の私が
控えめに
顔を出し始めた。
自分で自分を洗脳するしかない。
「大丈夫!
今まで
いろんなことを乗り越えてきたんだから!」
そしたら
読み逃していた言葉が目についた。
そうだ。
離婚した時そうだった!
これでいいのかなんて分からないけど
この選択を後悔しないよう
頑張ると思った。
そして、回答。
①「恩返し」
自分の子でも孫でもない
たかが姪っ子のために
無条件で後押しをしてくれた気持ち。
到底全ては返せないけど
私が生きてるうちに少しでも返したい。
私はまだ生きれる。
娘の卒業と国家試験合格と就職
そして
弟の会社の目標達成を必ず見届ける
自分の生きるチカラに
その可能性を見極めた。
今なお不安はあっても
私はこっちを選んだ自分が好き。
私も歳だし
癌患者だし
更年期だし
頑張るところの配分を変えたい。
自分の身体を
自分の気持ちを
大事にしよう。
そう思う……
迷いと弱音と涙ばかりだった6月。
あれ…
私のラッキーナンバーは『6』なのに
おかしいな…
『6』は私にとって重要な数字。←思い込み(笑)
そうか……
『6』だからか…←ひとりで今さら納得(笑)
『6』の決断は決して間違いじゃない。
多分
これが
私の今後の人生における
最後の大きな決意と選択になる。
そして
転機だと思う。
今日に至るまで
こんな私を温かく見守り
助けて頂いた方
本当にありがとうございました。
これからもお世話になる気満々です。
どうぞよろしくお願いします

