元日の朝も夜明けとともにメジロが餌の催促です。

家族はまだ起きてきませんので一人酒を沸かしてメジロと

祝い酒です。

しかし少し目を離すとヒヨドリが来て食い荒らします。

次なるヒヨドリ対策です。

こうするとメジロもネットの中に入り安心してみかんを啄ばんで

います。

ところがそのうちに上が開いているのをヒヨドリが見つけ

進入してくる開始です。

 

次なる手は天井もネットで覆ってやります。

これでヒヨドリ対策は万全です。メジロも籠の鳥で安心して

餌を啄ばんでいます。

 

元日のニューイヤー駅伝はテレビ観戦。

2日からの大学箱根駅伝はテレビを見ながら

藤沢に近づくころを見計らかって孫と応援に行く。

2日、往路の藤沢警察付近。

青学、早稲田と続くがいずれも全国から選ばれた韋駄天ばかし、

あっという間に走り去って行きました。

3日の復路は芦ノ湖のスタートをテレビで観ながら酒を呑む内に

酔って応援は中止。

とにかく9日までは休みで、酒を呑めると決めている。

酒に飽きればSCRAP & BUILTをします。

白のヒーシーとサンゴのコンビでネック作りです。

上のネックレス、各50本作りが目標でしたが、ついつい酒の方に

手が行き半分くらいの出来栄えです。

後はスタッフにまかせます。

2020年五輪マークです。

池蝶貝のゴロ枝が数万個あります。

これもネットで販売していますが在庫を捌くのには何年掛かるか

判りません。

ガラスビーズと組み合わせてブレスを作りました。

2020年のオリンピック完売が目標です。生きているかな。

深海の3.5mmビーズですがワイヤーに通してイヤリングに

した物、10cm余りの切れ端とか出てきました。

これらもバラして40cmの糸通しに差し替えます。

深海さんご6.5~6.75mmの片穴です。

チタンのポストでピアスにするかパーツでシェルワールで売るか

迷っています。

いずれにしても売り捌くのには問題はないでしょう。

年明け早々にトウカムリの9”の注文を5個もらいました。

用意していると10”のサイズも出てきました。

下段の中央が10”です。廻りの5個が9”です。

1インチ違いですが大きさが歴然としています。

1個1個包まれている新聞紙を見ますと1998、OCT.30の

MANILA BULLETIN紙の日付けです。

因みに他の貝、オウム貝、テング貝、シャコ貝などの新聞紙の

日付を見ますとやはり1998年です。

この年が私のコンテナ船で物産を輸入した最後の年と思います。

 

酒に飽きたので残りの休みは車庫の整理と決めました。

トウカムリの9”、10”、テング貝の9”、10”が意外と残っている

のに気が付く。更にオウム貝の磨き、原貝、ヤシ貝の磨き、

ヤコウ貝の磨きも10数個出てくる。

ヤコウ貝は台湾のコウさんから40数年前に輸入したものです。

 

手袋をせずに貝に触っていましたので、テング貝のトゲで

指をいたるところ切り、血がにじみそこからバイ菌が入ったので

しょう。手のくるぶし、甲が腫れあがり熱を帯び、結局病院通い

の始末でした。

 

3~4日痛みで苦しみましたが抗生物資を飲み、事なきを得ました。

 

フィリピン行きが近づいてきました。

13日、羽田から台湾の松山空港行き。

14日、桃園空港からセブ行き。セブは雨で涼しい。

15日はシノログのお祭り。ミセスポンセの墓参り。

ママさんの墓参りもあと何回来れるでしょうか。

 

16日、貝の職人が出来上がりのパーツをホテルに持参。

量にして1200個、10kg余りの重さです。

16日、6時半TM氏の迎えでカジノエスパーニョで飲食を受ける。

写真は手前がベーコンのアスパラガス巻き、サーモンのにぎり、

えびてんぷらの盛り合わせ。水割りが進みます。

この前には枝豆などのつまみでまずビールで乾杯です。

TM氏はこのところ天候は不順、気温は涼しくて異常気象だと言う。

 

暮れにお客さんから中止の連絡を受けて発注を止めていた

のですが、急遽やはり作って呉れとの連絡です。

クリスマス、正月で無理と思ったがセブでの交渉に託す。

 

2人の職人は難色を示すがそれでも強引に2日で作れと指示。

17日、風邪をひき熱も出て体調が思わしくない。

それでも出来上がりが気になり粉塵の舞う作業場を見回る。

風邪でさすがにウイスキーに手が伸びない。

19日、午後にはそれぞれ300個余り出来上がる。

 

お客様は神様ですが時には暴君と化して無理難題を言う。

2日で600個余りを納品できる者がいるだろうか。

不可能である。(自画自賛です。)

つばめのパーツも40年くらい前の作品で現在はイヤリング用の

ペアのみ製作していましたがシェルワールドのお客さんが

ブローチ用に大きい物が希望でした。

在庫は不良品のみがありましたので新しく作りました。

ただし、羽根の下部に穴をあけてあり失敗です。

作り直しです。

メキシコ貝の20x30mmがホテルのスーツケースにありました。

裏にタイラギ貝で補強してもらいました。

ウッドのツイストパーツですが磨き直しをしてもらいました。

タカセ貝のタイコ型のパーツですがホテルに売り込みに来て

しつこいので50本買ってやりました。

 

20日、セブから台北。

21日、羽田着。帰れば老犬とメジロが待っている。

癒されます。

しかし一仕事終えて帰国したと思っていたら、他のお客さんから

12月始めに頼んでいた貝のリングはとの問い合わせです。

全く記憶になくサンプルを見せられ、手帳を見ると確かに記帳して

います。いよいよボケが始まりました。

中国製のもので300個弱必要とのことです。

中国に頼めば2~3,000個のオーダーを云われて当社に

問い合わせたのだと思います。早速、フィリピンに手配しました。

 

逆の場合もありました。

昔、中国で仕入れたタカセの木の葉を買われ、追加注文を

貰いましたが注文数だけの在庫がなく不足分を他店で仕入れられた

ようですが遥かに高い値段だったようです。

 

トウカムリランプの注文が2個入っている。

製作には10分とかからない。

 

ヒヨドリがみかんを狙って来ています。

 

 

13日、泡盛が恋しくて沖縄でした。

先ずはボトルキープの一軒目。

ここではポークタマゴを肴に泡盛の水割り。

二軒目は馴染みの酒豪。

肴は麩チャンプルでやはりキープの泡盛の水割り。

めずらしくママがカウンターに出ている。

酒豪がオープンして38年とか。

私が行き出して何回か目に開店5周年で記念品をもらったので

33年の付き合いになる。

 

2日目はそうめんチャプルで水割り。

この料理も美味い。

ただし行き出したころのそうめんチャプルはこの中に

カツオの生節が細かくちぎられて混ぜられていたので

格別の味でした。

 

沖縄に着いた夜に名護でオスプレイが墜落したとテレビで知る。

県民に被害はなかったが相変わらず危険と隣り合わせの

日々です。

 

思へば1971年、沖縄用のパスポートを持参してから55年です。

当時の国際通りはほとんど洋酒の店ばかりでした。

58号線を北上すると沿道はアメ車の中古販売店と家具屋の

店舗が並んでいました。

 

米軍属の関係者とか兵士が特権でアメ車を本国から持ち込み

それを中古車業者に売り付けていた物と思われます。

そして彼らは錆だらけの日本車に米軍ナンバープレートを付けて

我がもの顔に排ガスをまき散らして走っていました。

とても日本の排ガス規制に馴染まない代物です。

米軍属の車には車検が適応されないのです。

 

家具は任務を終えた軍属の家族が売り払って帰国したもの

でしょう。

これはたぶん新任の軍の家族が購入のはず。

 

58号線の軍の施設は高い金網で遮られ県民のバスは荒れた道を

走り、金網内の道路は舗装され軍関係の車がモースピードで

走っていました。

当時、この金網は天国と地獄の境目と思いました。

 

あれから55年。たしかに米も空港も、道路もよくなりました。

復帰後、国際通りは土産物店に変わり、軍払い下げ物資と称して

色々の物がそれらしく売られていました。

沖縄の人々の逆境にめげず、それを逆手にとってたくましく

生きてきたのには感心されます。

 

米もフィリピンの方がましなくらいでした。

沖縄に一番近い外国は台湾です。

復帰後は台湾の観光客が増えてきました。

私も台湾から沖縄に度々帰国しましたが、台湾からの観光客は

皆一様に同じサンゴのネックレスを付けていました。

たぶんサンゴの業者が関税逃れに団体の観光客に

頼んだものでしょう。

税関員も見て見ぬふりだったと思います。

そして台湾の観光客が帰る時は皆、東芝の電器釜と電気毛布が

お土産でした。

 

台北空港の沖縄行きの表示板は“琉球”と書かれローマ字は

“OKINAWA”の表示でした。

余談ですが台湾の南方、屏東県に属する島で小琉球と云う

島があります。

農耕用に水牛を持ち込んだのも台湾からだそうです。

そしてパイナプッルなどの栽培を指導したのも台湾人だそうです。

泡盛の原料米はタイ米です。

 

いにしえより沖縄と東南アジアとは切っても切れない

深い付き合いです。

首里城も守礼の門も西方を向いているのもその証です。

それに対して支那人、土人と呼んだのでしょうか。

私の中で沖縄の人々が内地と区別するのは大日本国憲法で

区別したものではなく先の大戦で沖縄を犠牲にし、今日までの

境遇が云わせるのではないでしょうか。

復帰から55年、本土との溝はまだまだ深いです。

内地の反対語は外地ですが。

首里より東シナ海を望む。

波は静かに見えますが、島を取り巻く波は今も高いようです。

 

15日はモノレールで首里に行き、首里城、金城町の石畳を

歩いて下る。

今年の5月、観光バスで首里城コースを廻ったことを思い出す。

あの時は運転手、バスガイドに客は私一人でした。

ガイドさんと二人で説明を聞きながら下ったことを思い出す。

 

下に降りて老夫婦にバス停を尋ねる。

バス停の時刻表、次の停留所を見ると一中健児の塔とある。

歩いて健児の塔を尋ねる。

途中のバス通りにもハブに注意の看板。

ここでも300余名の犠牲者の墓名碑。

ひめゆりの塔、摩文仁の丘近くの健児の塔が有名ですが

当時、沖縄にあった学校の数だけ犠牲者の塔があるはず。

健児の塔も摩文仁から少し外れてところにあり訪れる人は

少ないように思われます。

 

バス会社は各学校の塔巡りの慰霊バスツアーを走らせては

いかがでしょうか。私も参加したいです。

 

復帰前後は那覇市内に三越、山形屋とデパートがありましたが

今はRYUBO(琉球貿易の略)のみとなりました。

 

那覇に帰り新しいボトルを開けて水割り。

明日は沖縄を離れるので早めにホテルに帰り寝る。

 

お土産は八重山の蒲鉾とサーターアンターギーです。

 

ヤコウ、メキシコ貝のパーツです。整理しています。

他に黒蝶貝、白蝶貝、タカセ貝があります。

右側のダエンが30x40mmサイズです。

シズク型も全て枠に嵌めるように作られてものです。

上に穴をあけてパーツとしていますがメキシコ貝の

クジャク模様は美しいですがもろいので他の貝の裏貼りが

必要です。

 

クチムラサキサンゴヤドリ貝の2~3mmですがこれも残り

200本くらいと思います。

 

オーバルは本サンゴですが、ハート型はほとんど深海サンゴ

です。

 

こちらは全て本サンゴです。

まだまだサンゴの整理すべきものがありますが残り少なく

なりますと名残り惜しくなります。

 

深海サンゴ2.9~3.5mmの丸玉40cmです。

これはまだ200~300本くらいありそうです。

やはり皆さん、サンゴには興味がおありのようで足が速いです。

 

メジロが自作のみかんを食べに来てくれています。

 

11月のフィリピン、台湾では1ドル106円台でしたが、トランプ氏が

次期大統領に決まってから円安が進んでいます。

現在、120円半ばです。仕入れ値が10%以上の値上がりで頭が

痛い。

 

29日は片瀬海岸に釜揚げしらすを買い入れです。

これで正月も安心です。

 

帰りにマーメイドさんに寄り、スタッフに頼んで

濃い目のウーロンハイを1パイ呑んで帰りました。

 

今年も残り少なくなりました。

来年は酉年です。この鳥たちも何回目かの酉年を迎えました。

白蝶貝(中央)、黒蝶貝、タカセ貝(廻りのトリ)と作って有り

ましたが残りはタカセ貝のみとなりました。

 

私もまた一つ歳をトリました。

良いお年をおトリ下さい。

 

 

相変わらずSCRAP & BUILTの毎日ですが、

スタッフに助けてもらっています。

すでにみかん箱、20個分は処理したはずです。

それでも20箱では倉庫のすっきり感はありません。

 

遅まきながらサンゴの整理にも掛かっています。

腐ってもサンゴで売り急ぎはしていません。

サンゴの丸玉です。大小混ざっています。ふるいにかけて

大きさを揃えます。深海ではなくて本サンゴです。

 

サイズごとに分けて袋入れにします。

深海サンゴのチューリップです。

これもふるいにかけて大きさ別に袋入れしました。

 

これは本サンゴのシズク、カボションなどです。

 

やはり丸玉を本サンゴの仕分けした物です。

40cmの長さに糸通しです。

 

これは本サンゴのカフス、タイピンに使われていた物を

外したものです。

片穴を開けてもらいペンダント、イヤリングの材料に

する予定です。

 

深海サンゴです。

外側のネックレスの丸玉は10.5mmです。

中のブレスレットの中央の丸玉は15mmです。

かなりの量がありましたが残りはこれだけになりました。

 

深海サンゴの竹の子です。

中央の丸玉が10.5mm~11mmです。

まだ出てくるように思いますが。

 

こんな半端物も出てきましたが欲しい人の目途は立っています。

 

枝サンゴですがこれは染めではありません。

確か輪にしたイヤリングの材料もあるはずです。

全て40cmの長さで糸通しします。

 

11月3日台湾、4日フィリピンでした。

4日午後3時半、貝の職人が出来上がり商品を持参。

約10kgあり後日ホテルに来て取引先に持参するように指示。

歳です、10kgが重くなりました。

 

上のペンギンは今回出来上がったものですが下部の並んだ

ペンギンの右がオリジナルのものですが左のように仕上がって

います。頭が丸みを帯びています。

職人に勝手にデザインを変えないように厳重に注意しました。

 

上の黒蝶貝スジ彫りシズクも彫の線が細くなっています。

これは仕方ないと思って諦めます。

 

今回522個仕上がっていました。

10月の初めに300個余り入荷したばかしです。

 

別の職人に作らした白蝶貝55mmの貝型が気に入りませんので

作り直しでした。

 

タカセ貝1本ヤシが売り切れました。

昔、台湾で仕入れた物でしたが新しく中国で作らすとなると

値段も高く、数量も1,000ペアくらい要求されます。

フィリピンで白蝶貝で100ペア作らしてみました。先ず先ずです。

黄蝶貝が含まれるのは仕方がないです。

ただし、タカセより丈夫です。

従来の品物より高くなりますが最小限に押さえます。

更に100ペア追加注文をしました。

 

黒蝶貝60mmの丸で中央に皮を残さしていますが

もう少し削るとまだら模様に仕上がるのですがこれも諦める。

 

50mmくらいのプルメリアの花です。これはこれで良しとする。

 

タカセ貝のカメオを貼るための台です。

 

親カメと子カメです。

子カメの甲羅は昔、仕入れたギングチサザエの指輪に貼られて

いたものです。これもSCRAP & BUILTです。

これがギングチサザエの指輪です。

私の指でも大きくて使い物になりません。

2~3,000個ありましたが現在は7~800個くらいの残りと思います。

 

今回、1,500gのヤコウ貝を持参して磨かせました。

先ず先ずの品質です。

最初、これより大きいのを用意しましたが箱に入らなくて

これにしました。

それでも1,500gのヤコウは大きい方です。

 

(持参したメキシコ貝スクラップ)。

下のようにペンダントヘッドが仕上がりました。

穴が小さいですがこれは開け直します。

 

(白蝶貝25mmカボション)。

上の白蝶貝25mm丸のカボションを5枚持参して下の貝型を

作らして見ました。幅22mmの大きさです。

どれくらいあるか数えていませんが数十枚は出来るでしょう。

 

取り敢えず次回に20~30個作らします。

 

メキシコ貝の20x30mmダエンがホテルに預けてある

スーツケースの中から出てきました。

このままだと弱いので裏にタイラギ貝を貼るように頼みました。

 

11月4日、9日とTM氏の迎えでメンバーズクラブ、

カジノエスパニョで夕食と言うより呑み会でした。

上の写真は9日のものですが、これに枝豆、冷や奴と至れり

尽くせりの料理でした。4日はかき揚げの代わりにエビてんぷら

でした。

 

上の写真は一般的なフィリピン部門のバイキングです。

 

氏の所属するクラブは主にフィリピン人の上級クラスの人達で

日本人は数名です。

最近のヘルシーブームのため和食部門の“門”はフィリピン人で

満席でした。

 

TM氏には70歳前は70まで来い、70を過ぎると75歳まで来いと

言われましたが、その歳も目前です。

こうなれば死ぬまでTM氏にお世話になるつもりで

フィリピン行きです。お酒の誘いに弱いです。

 

TM氏と酒を酌み交わしながらの会話はいよいよ我々の番が

来たとの話ばかしです。

昔セブで事件、死者が出た時などマニラの日本大使館から

TM氏に連絡があり情報収集と報告に奔走していました。

今ではセブに領事館も出来ましたのでその必要もないですが。

 

氏は自分の墓地近くにに日本人の方が亡くなられて無縁仏に

ならないようにと数区画の墓地を寄付しているような篤志家

でもあります。

 

ホテルでは水割りを部屋で飲みながらシーフードスパゲッテイか

シュリンプシニガンスープくらいの寂しい夕餉です。

それに引き換えTM氏の誘いは格別です。

 

但し、貝の職人、水牛の職人、ウッドの職人達が作って呉れた

品物を眺めながら水割りを呑むのも最高の酒悦です。

 

現在、使っている職人達はセブで一番の職人でしょう。

特に貝と、水牛の職人は私の専属で宝ものです。

 

上はホテルでの朝食です。

マンゴフルーツにガーリックライスです。

ガーリックライスは作り置きした物でしょう堅いライスでした。

さすがに翌日は文句を言って作り直さました。

 

食事をしながらTHE FREEMAN新聞のSUDOKU(数独)に

チャレンジです。この日の問題は易しかったです。

 

昔、遊び心で上のサーフにバリ、グァム、ハワイ、オーストラリア、

ニュージランドなどの地名を書きましたが全然売れませんでした。

今回、SHONANと書き直してもらいましたがどうでしょうか。

 

9月にマド貝ハートのケースを100個仕入れてプルメリアの

を描くように頼んでいました。

出来上がりましたので航空便で送らせます。

 

更にトロピカルな絵のサンプルを描かせて見ました。

これもまた新しく仕入れたケースを渡して頼んできました。

 

古い、デザインですがお客さんの希望でイタヤ貝を持参して

ペイントしてもらいました。

フットランプ用です。たぶん量産に掛かります。

 

8mmの白ヒーシーですが7mmが欲しかったのですが3本

買ってみました。

コンビネーションネックレスを作りたくて買いましたが

やはりチョット太すぎと思います。

 

タケノコカニモリ貝のスライスです。500個でした。

右上に見えているのはツキ貝のコインパスです。

これらはたぶん翌週の航空便に載せられ4~5日後には

着くでしょう。

 

このように仕入れている品物は動きがありますので仕入れを

続けていますが、他の在庫が多くて日夜、悩んでいます。

 

しかし今後、日本では作られないだろうと思いますメキシコ貝、

ヤコウ貝のパーツも種々あります。

己の歳を考えますと有効に使っていただける方に利用して

頂けるのが最善と策と思考する時期になりました。