13日、泡盛が恋しくて沖縄でした。
先ずはボトルキープの一軒目。
ここではポークタマゴを肴に泡盛の水割り。
二軒目は馴染みの酒豪。
肴は麩チャンプルでやはりキープの泡盛の水割り。
めずらしくママがカウンターに出ている。
酒豪がオープンして38年とか。
私が行き出して何回か目に開店5周年で記念品をもらったので
33年の付き合いになる。
2日目はそうめんチャプルで水割り。
この料理も美味い。
ただし行き出したころのそうめんチャプルはこの中に
カツオの生節が細かくちぎられて混ぜられていたので
格別の味でした。
沖縄に着いた夜に名護でオスプレイが墜落したとテレビで知る。
県民に被害はなかったが相変わらず危険と隣り合わせの
日々です。
思へば1971年、沖縄用のパスポートを持参してから55年です。
当時の国際通りはほとんど洋酒の店ばかりでした。
58号線を北上すると沿道はアメ車の中古販売店と家具屋の
店舗が並んでいました。
米軍属の関係者とか兵士が特権でアメ車を本国から持ち込み
それを中古車業者に売り付けていた物と思われます。
そして彼らは錆だらけの日本車に米軍ナンバープレートを付けて
我がもの顔に排ガスをまき散らして走っていました。
とても日本の排ガス規制に馴染まない代物です。
米軍属の車には車検が適応されないのです。
家具は任務を終えた軍属の家族が売り払って帰国したもの
でしょう。
これはたぶん新任の軍の家族が購入のはず。
58号線の軍の施設は高い金網で遮られ県民のバスは荒れた道を
走り、金網内の道路は舗装され軍関係の車がモースピードで
走っていました。
当時、この金網は天国と地獄の境目と思いました。
あれから55年。たしかに米も空港も、道路もよくなりました。
復帰後、国際通りは土産物店に変わり、軍払い下げ物資と称して
色々の物がそれらしく売られていました。
沖縄の人々の逆境にめげず、それを逆手にとってたくましく
生きてきたのには感心されます。
米もフィリピンの方がましなくらいでした。
沖縄に一番近い外国は台湾です。
復帰後は台湾の観光客が増えてきました。
私も台湾から沖縄に度々帰国しましたが、台湾からの観光客は
皆一様に同じサンゴのネックレスを付けていました。
たぶんサンゴの業者が関税逃れに団体の観光客に
頼んだものでしょう。
税関員も見て見ぬふりだったと思います。
そして台湾の観光客が帰る時は皆、東芝の電器釜と電気毛布が
お土産でした。
台北空港の沖縄行きの表示板は“琉球”と書かれローマ字は
“OKINAWA”の表示でした。
余談ですが台湾の南方、屏東県に属する島で小琉球と云う
島があります。
農耕用に水牛を持ち込んだのも台湾からだそうです。
そしてパイナプッルなどの栽培を指導したのも台湾人だそうです。
泡盛の原料米はタイ米です。
いにしえより沖縄と東南アジアとは切っても切れない
深い付き合いです。
首里城も守礼の門も西方を向いているのもその証です。
それに対して支那人、土人と呼んだのでしょうか。
私の中で沖縄の人々が内地と区別するのは大日本国憲法で
区別したものではなく先の大戦で沖縄を犠牲にし、今日までの
境遇が云わせるのではないでしょうか。
復帰から55年、本土との溝はまだまだ深いです。
内地の反対語は外地ですが。
首里より東シナ海を望む。
波は静かに見えますが、島を取り巻く波は今も高いようです。
15日はモノレールで首里に行き、首里城、金城町の石畳を
歩いて下る。
今年の5月、観光バスで首里城コースを廻ったことを思い出す。
あの時は運転手、バスガイドに客は私一人でした。
ガイドさんと二人で説明を聞きながら下ったことを思い出す。
下に降りて老夫婦にバス停を尋ねる。
バス停の時刻表、次の停留所を見ると一中健児の塔とある。
歩いて健児の塔を尋ねる。
途中のバス通りにもハブに注意の看板。
ここでも300余名の犠牲者の墓名碑。
ひめゆりの塔、摩文仁の丘近くの健児の塔が有名ですが
当時、沖縄にあった学校の数だけ犠牲者の塔があるはず。
健児の塔も摩文仁から少し外れてところにあり訪れる人は
少ないように思われます。
バス会社は各学校の塔巡りの慰霊バスツアーを走らせては
いかがでしょうか。私も参加したいです。
復帰前後は那覇市内に三越、山形屋とデパートがありましたが
今はRYUBO(琉球貿易の略)のみとなりました。
那覇に帰り新しいボトルを開けて水割り。
明日は沖縄を離れるので早めにホテルに帰り寝る。
お土産は八重山の蒲鉾とサーターアンターギーです。
ヤコウ、メキシコ貝のパーツです。整理しています。
他に黒蝶貝、白蝶貝、タカセ貝があります。
右側のダエンが30x40mmサイズです。
シズク型も全て枠に嵌めるように作られてものです。
上に穴をあけてパーツとしていますがメキシコ貝の
クジャク模様は美しいですがもろいので他の貝の裏貼りが
必要です。
クチムラサキサンゴヤドリ貝の2~3mmですがこれも残り
200本くらいと思います。
オーバルは本サンゴですが、ハート型はほとんど深海サンゴ
です。
こちらは全て本サンゴです。
まだまだサンゴの整理すべきものがありますが残り少なく
なりますと名残り惜しくなります。
深海サンゴ2.9~3.5mmの丸玉40cmです。
これはまだ200~300本くらいありそうです。
やはり皆さん、サンゴには興味がおありのようで足が速いです。
メジロが自作のみかんを食べに来てくれています。
11月のフィリピン、台湾では1ドル106円台でしたが、トランプ氏が
次期大統領に決まってから円安が進んでいます。
現在、120円半ばです。仕入れ値が10%以上の値上がりで頭が
痛い。
29日は片瀬海岸に釜揚げしらすを買い入れです。
これで正月も安心です。
帰りにマーメイドさんに寄り、スタッフに頼んで
濃い目のウーロンハイを1パイ呑んで帰りました。
今年も残り少なくなりました。
来年は酉年です。この鳥たちも何回目かの酉年を迎えました。
白蝶貝(中央)、黒蝶貝、タカセ貝(廻りのトリ)と作って有り
ましたが残りはタカセ貝のみとなりました。
私もまた一つ歳をトリました。
良いお年をおトリ下さい。




















