春の選抜高校野球に、高知の中村高校が出場していました。

その中に一円姓の選手が出場しており、テレビ観戦をしながら

遠く小学時代を思い出しました。

田舎の小さな村立小学校でした。

 

5,6年時の校長先生は一円一億の名前でした。

背が高くてやせ型の先生でした。

厳しい先生でしたが、優しさもある威厳に満ちた先生でした。

 

珍しい名ですので、グーグルで調べてみますと、ありました。

先生は京都大学を出られて、東亜同文書院(上海)、愛知大学の

助教授を経て関西学院大学の教授、名誉教授を勤められた

法学博士、憲法学者だったそうです。

 

やはりそうだったのです。ただの田舎の校長先生ではなかった

のです。

こんな人物が定年後、田舎の校長先生に成られたとは今日まで

知りませんでした。

先生に教えていただいたのは憲法学ではなくて音楽でした。

むろん当時の私は野山を裸足で走りまわるわんぱく少年でしたので憲法と云っても理解できるはずもありません。

 

高知の安芸地方には一円姓が多いと聞きます。

先生もこちらの出身だそうです。

 

高知には十万姓もあります。

私の育った隣村に十万姓の集落があります。

ペンシェルヒーシーと白蝶貝ツノとのネックレスです。

ツノの厚さは7mmです。

 

白ヒーシーとツノとのネックです。

ツノには穴が開いていなくて30数年間そのままにしていました。

これに合うキャップを探していたのです。

しかし2年ほど前にフィリピンに里帰りして横穴を開けてもらいました。

やはりママさんから仕入れた物です。

このツノも売り切れば終わりです。

 

水牛ゴールデンカメのネックです。

黒水牛のツノを薬品に浸けて化学反応させるとこのような飴色に

変化します。

べっ甲色の輝きです。

 

上の5本はモザイクヒーシー竹の子です。

これは下の赤いヒーシー(赤サンゴ、アフリカサンゴ、山サンゴ、

古代サンゴなどといわれている)、オオイソバナを炒って、色を

飛ばしたものです。

このモザイク竹の子ヒーシーにはオレンジ、バイオレットに

染めたものもあります。

 

これはタイガープカシェルの不揃いなものを削って出来た物です。

私はこれはプカシェルの邪道だと、安く売っていました。

しかし見方を変えてヒーシーと思えば味わいのあるヒーシーです。

 

いわゆるナチュラルプカです。

海から拾ってきたプカをそのまま糸通ししたものです。

 

白ヒーシーと枝サンゴのネックです。

枝サンゴはいづれも深海サンゴではなくて本サンゴです。

30数年くらい前まではサンゴを仕入れ過ぎて処分に困り、

フィリピンに持参してこのようなネックに組み込みました。

 

今、思えばずいぶんと贅沢な悩みでした。

 

白蝶貝のスプーンです。

あれば100本でも200本でも買いましたが少しに残っていました。

 

ノコギリ、ハンマー、スプーンなどは昔、ママさん(ミセスポンセ)

に作ってもらった品々です。

長さは4cmくらいのスプーンとフォークですがはるかに形の良い

品物です。

今の職人はこんな手間のかかる仕事は受けてくれません。

 

イインデアンの少女と鳥のパーツです。

ステンレスの枠に入っています。

やはりママさんから仕入れた物です。

これも30数年前の品です。少女の方はダエン枠のものも

ありましたが、現在は残っていません。

シェルワールドに出せばすぐに売り切れる商品です。

裏にループタイ用の金具を当社で付けていますので、外して

出しています。

 

好評ですので復刻版を考えています。

少女はそのままでよいと思いますが鳥は胴体が黒ですので

明るい色を考えています。

羽はマガキ貝が付いています。

 

はたして職人が受けてくれるかが問題です。

 

40年くらい前になるでしょうか、メキシコ貝の8mm、10mm丸、

10x14mmダエンをフィリピンに持参して上のようなパーツを

作って貰いました。

貝は正確に8mm、10mm、10x14mmを渡しましたが

手作りですので大きさも違い、針金の長さもまちまちで合わせる

のが大変です。

5月に仕入れたオニノキバフデ貝も次亜塩素酸ソーダに浸けて

きれいになりました。

 

売り切れていたと思っていたダエンの少女も別の所から20枚ほど

出てきました。

 

シェルワールドのお客さんから小さなホネガイはないかと聞かれました。

15~6年以上前でしょうか仕入れたことを思い出しました。

上の大きなホネガイが15cmくらいです。手前の小さなホネガイが

3cmです。

小さくても一人前にトゲがあり取り扱いは要注意です。

 

マクタオーキッド(クチムラサキ芯ナゲット)、マガキピンクプカレット

です。これは手元に残しておきます。

 

テング貝のランプを2個注文をもらい、休みの日に作ろうと思って

いましたら家族から1個作り置きがあると言われ、調べてみますと

オウム貝のランプ、ピンク貝のコードを差し込めば良い状態の

穴をあけた物も出てきました。

 

ついでにマド貝のパイナップル型のランプシェードが2個ありました。

このパインは3個セットにしてやはりマド貝のベースから下げて

シャンデリアとして売った時の残りです。

シャンデリアとして100個以上は売れました。

他にはサン&ムーンシェルの表側の赤い貝でやはりパイン、

バラのデザインのシャンデリアも好評でした。

 

早速、スタンド台に取り付け、灯を灯して見ました。

右が作り置きしてあった8インチのテング貝、左が今回作りました10インチのランプです。

大きさが2廻り違います。

 

こんなあんなで日々過ごしています。

そして7月に成りました。台湾、フィリピン行きの月です。

台湾では中国での品物の検品、フィリピンでは5月に頼んであった

新しいパーツの出来具合を見るのが楽しみです。

 

期待外れの場合が多いですが、やっぱり期待して行きます。

 

 

相変わらずのSCRAP & BUILT です。

ブレスレットなどを作った残りでしょうが、ビニール袋にバラで

入っています。

絶えず必ず糸通しの状態で残すように指示してありましたが、

製品作りを急ぐためこのような状態で残されています。

大きさがまちまちの為、ふるいにかけて大きさの選別が必要です。

全てのヒーシーなどがこのような状態です。

後での手間を考えていないのです。

30年間ぐらいこのままでした。

最近になりヒーシーも残り少なくなり、朝の3時、4時に起きて

1個、1個拾って糸に通しています。

年寄は朝が早いです。

バラの状態ですと、ホシダカラ貝(タイガーカオリー)と思って

いましたが、糸通しに仕上げますと灰色マクラ貝

(オリーブシェル)でした。

上がホシダカラヒーシーです。

下が今回のハイイロマクラガイヒーシーです。

写真では見分けが困難ですが、ホシダカラは若干ムラサキが

掛かっています。

オリーブの実に形が似ているからオリーブシェルと呼ばれているのでしょう。

因みに全てのマクラ貝の総称はOLIVA(ラテン語でオリーブ)の

名が冠せられています。

 

21本出来ました。

このヒーシーも現在は作られていないと思います。

とにかく、貝の削りは3Kの仕事です。

最近は、貝職人になる希望者はごく希です。

台湾で貝のパーツ作りが衰退したようにフィリピンもそのような

運命を辿っていることをヒシヒシと感じます。

 

ヒーシーの種類も年々少なくなってきています。

種類にしても私の方が持っているのは多いのではないでしょうか。

と云うのも、今後作られないと思うヒーシーなど糸通しの物は

売りに出さずに若干ですがキープしています。

上がタカセ貝、下がマダライモ貝の木の葉です。

穴が開いていません。1月から穴開けをするために箱から出していますが、タカセで100個くらい、ムラサキは50個くらいしか穴開けが進んでいません。

それぞれ200個くらい穴開けが出来れば売りに出す予定ですが

なにぶん小さいパーツですのでヤットコで1個1個つまみながらの

作業です。

ムラサキは特に作業中の破損が多いです。

それぞれかなりの量があります。

昔むかし、台湾で仕入れたものです。

 

1,000円のパックを2つ手に入れることが出来ました。

先週は500円のパックが一人2パックと限られていました。

しらすも小さくアッと云う間になくなりました。

今回は魚形も丁度良い大きさで味もよしです。

早速ごご3時からチューハイでした。

白プカレット、ムラサキプカレットの注文をもらい、

すでに売り切れているものと思っていましたが、調べて見ると

確かに僅かながら残っていました。

プカレットもすでにフィリピンでは作られていません。

プカレットは先ずヒーシーを作り、それをバラバラにして樽に入れ

電動で樽を廻しヒーシーの角を採り、再度大きさを揃えながら

1個1個糸通しする訳です。

2重3重の作業です。

すでにムラサキヒーシーすら作られていませんので、プカレットは

尚更です。

数種類のヒーシーの注文をもらいました。

ムラサキのヒーシー2~3mmは残り100本を切りました。

写真の上部のように糸が曲がった状態で残っています。

手前のように糸を差し替えて、きれいな状態で送り出してやります。

これも4時起きで、20本仕上げました。

残り少なくなると別れが寂しくなります。

トウカムリランプ作りです。ピンク貝も出しました。

サンゴシズクの注文です。

休みの日にしか作る時間がありません。

コハクのヤタラ(サザレ)も出てきました。

ソ連製の琥珀で、昔バーター取引でソ連から輸入したものを

業者から仕入れた物です。

丸玉など色々の形の物を仕入れたのですが何故かこれだけが

残っています。

その後、まだドイツが西ドイツ、東ドイツと別れていた当時、

西ドイツからも直接輸入しましたので、その頃の物かもしれません。WEST GERMANY,EAST GERMANYと呼んでいたのが

懐かしいです。

 

思えばパキスタンも東パキスタン、西パキスタンに別れており、

東パキスタンは今のバングラディシュです。

南北朝鮮の統一は何時でしょうか。

 

琥珀のペンダントトップもずいぶん処分したのですが僅かに

残っていました。

先代から天然素材以外に手を出すなと言われていましたので

守ってきた当時の遺物です。

イタリアからはカメオをずいぶん輸入しました。

これらは残り物です。

輸出元のミスターメンエラの名が思い出されます。

イタリアカメオの材料、マンボウ貝です。

 

マンボウ貝の背中の部分で作られます。

メキシコから輸入したものの残り物です。

金具はシルバーです。

当時はバブルに向かっての登り坂でしたので消費者の購買意欲は盛んで、仕入れれば売れる状態だったと思い出されます。

連日、SCRAP & BUILTに勤しんでいます。

水牛ネックを解体して出来た物です。上のゴールデンビーズは

40cmの長さに糸通ししました。

中央の黒いビーズもふるいにかけサイズ別に糸通しします。

問題は右のゴールデンフットボール、その左のタイヤ型、ビーズ、

水牛バーンのサイコロです。表面が傷だらけで艶もなく

とてもパーツとして売り出せる代物ではありません。

7月に数個フィリピンに持参して再生できるか試してみます。

出来なければSCRAPとして廃棄するのみです。

 

解体途中ですのでどれだけできるか判りませんが生かすか、

殺すか、楽しみです。

沖縄から仕入れたヤコウ原貝です。

100個くらい仕入れたでしょうか。まだ20~30個位あるでしょうか。

重いのは1,750gと書かれています。

最近は入手が困難です。磨いた矢先からランプ用に、そのまま

飾りにと予約を受けています。

 

ブレスの注文を受けましたので、大きさを揃えながら利用して

います。

沖縄の梅雨明けと同時に本土は本格的な梅雨に入ったようです。

梅雨入りの宣言は早かったですが今まで空梅雨でした。

上のブローチも古い商品ですがNO.213あじさいと呼んでいます。

右がメキシコ貝、左がヤコウ貝です。

 

明月院のあじさいも見頃でしょう。