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おはようございます。岡本大輔です。
本日の紹介はこちらです。
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【出会い】
帯広図書館の新刊検索で見つけました。僕の所属するあかりデイサービスは比較的小さい会社なので参考になれば・・・と思い借りました。


【本書のテーマ】
感性マーケティングの活用方法。


【岡本大輔の視点】
書評ブログへの活用方法。

【気になった抜粋】
「集客が思うほどうまくいかない」、「業績があがらない」という言葉は、お客さんの視点でとらえると、「私たちはあなたの商品、またはあなたを選んでいませんよ」ということなのです、「売れない」のではなく、「選ばれいない」のです。


お客さんの側の印象としては、つくり手が思っているほど、大きな差異とは感じていないのが現状です。


本当においしい刺し身の味を知っているお客さんにとって、スーパーマーケットに置いてあるレベルの刺し身の味の違いは、しょせん「どんぐりの背比べ」でしかなく、そもそも、スーパーの刺し身にそんなに期待はしていないのです。


お客様の気持ちにんって考えるとは、「お客さんはいま、どうして欲しいと思っているだろう?」と考えてみることが、まずは大事です。


どんどん自己開示をしていって自分のことを知ってもらうと、なんだか親しい友人になったような感覚になってくる、人は、その人のことを知れば知るほど共感が高まっていくのです。


「手書きにすることによって、その人の個性、あるいは熱意といったものが読み取れるから」、活字になると、同じ事を書いたとしても、人となりが伝わりにくいのは確かです。


店主の人がらやクセを知ることによって、親近感がわき、応援してあげたくなる、だから、あの店に行ってみようかという気になるんです。


感性マーケティングでは、飾らないありのままの自分を正直に語るというところがとても重要です、取り繕ってもお客さんには簡単に見透かされます。


これからの時代、商品の品質や機能を伝えるよりも、経営者や販売担当者の生きざま、思いや情熱を伝えることのほうが重要な時代になりました、つまり、「モノ」より「コト」、「コト」より「ヒト」を伝える時代です。

【響いた抜粋と学び】
低価格戦略は、体力のある大手企業ならまだやりようがありますが、小さな会社は安易に手を出してはいけないのです。


介護保険の施設では料金は法律上決まっています。だから、デイサービスの利用料金を本日なら1割引きですとはなりません。


低価格路線はない、と思われるでしょうか?・・・いえ、あるんです。


というのは、”24時間対応”、”年中無休”、これらが低下路線となります。

訪問介護、通所介護、入所施設など併設している大きな施設であれば、人海戦術作戦で24時間対応の年中無休で勝負できます。


実際、介護とは人間を相手にしますので、24時間、年中無休が基本です。


しかしながら、小さな組織でそれをやってしまうとどうなるのか?


シフトがまわらないのです、休みがとれなくなる可能性があります。


どうすればいいのか?


デイサービスで言えば、24時間対応、年中無休をやめます。早めの連絡・相談を徹底して、これからでしたら、年末年始のお休みを伝え、独居の方や認知症が深くて家族の介護負担が大きい方には、ショートステイの利用を担当ケアマネジャーに相談してみることです。


デイサービス側から本人・家族の現状を伝え、提案をしてみるのです。

※担当ケアマネジャーがしっかりしていれば、提案しなくてもショートステイを利用しているとは思いますが。


商売をしていれば、近隣にご挨拶するって当たり前のことです。


まず、自分のことをわかってもらう、みなさまの足元で商売させていただくのだから、「私はこういうものです、以後お見知りおきお願いします」という挨拶から入って、徐々に関係を深めていく、そういう段取りを経て、初めてお客さんに選んでもらえる土俵に上がれるのです。


お客さんはそもそも品質を見ていません、ここを間違えたらダメです、「そんなに自信があるならいい商品だろう」と言って買うのではないんです、必死で頑張る姿勢に共感して、「応援してあげたい」という気持ちになって買うんです。


「私の個人的な思いとか体験なんて、誰も興味ないでしょう?」と思う人もいるでしょう、でもそうではないんです、みんな、あなたの”人となり”が知りたいんです、どういう思いで商売を始めたのか、いま何を考えてモノづくりをしているのか、そこを知りたいと思っているのです。


先日、参加した経営者モーニングセミナーの講話でも似たようなことがありました。


お客様が来るように、その社長は何をしたのかというと、朝6時に店の周辺を散歩して、道行く人にひたすら大きい声で「おはようございます!」と挨拶をしたそうです。


しかも、自己紹介は一切しない。



そして、夜になると、20年以上前のことなので、銭湯に行き、5人くらい高齢の方の背中を無言で洗ったそうです。

銭湯は17箇所あったので、一日1箇所でまわって行ったそうです。



3ヵ月後、そのお店はどうなったのかというと、もちろん大繁盛です。


自己紹介をしないで、徹底して挨拶し、背中を流した結果、「あいつは何者だ?」と噂され、あのお店の社長か、ならば、とお客さんが来てくれるようになったそうです。


初対面からモノを紹介して売ろうとしてもダメなんです。あなたの人となりを知っていただかないといけないんです。


ブログの更新についても同じ事を考えていました。

僕のブログでは僕自身のことには触れずに「介護業界をいかにして良くするのか?」をテーマに読み解いたことを報告しているスタイルをとっています。

おかげさまで2年以上継続したことにより、一日700~1000件くらいのアクセスをいただきます。


僕よりもっとアクセスやコメントのある人のブログを見ると、本書抜粋のように共通点があるんです。


その人の家族のことや自分のことをさらけ出すのです。


僕自身は顔や実名を公開していますが、そこで止まっています。

※たまに子育ての実体験を書評に載せますが。


これから先、ブログの更新や書評を続けていくならば、より多くの人に読んでいただきたいのならば、今のスタイルで書評を続けるプラス僕の人となりを理解していただくことが必要なのです。



「お客様のために誠心誠意やっています」ではなく、誠心誠意何をやっているのか、お客様のために何をやっているのかという実体験を語るということなんです。



デイサービスで言えば、”地域に貢献します”という決まり文句ではなくて、何をもってして貢献するのかを明記することが大切です。


ブログの話で言えば、”介護業界を良くします!”ではなくて、そのために「早起き」と「読書」・・・朝4時起きと年間500冊読破を継続し、自己研鑽をしますの方が伝わるんです。


介護業界を良くしたいと誰もが思っています。思いをどのように行動に結びつけて、しかも結果を出しているのか、知りたいんです。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

コメントは自由制です。一見さんも読者も大歓迎です。
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こんにちは。岡本大輔です。


昨日、妻が胃の痛みを訴え(胃潰瘍の既往あり)、いつも行く総合病院(違う科にかかっています)の消化器科に行きました。


その総合病院には消化器科があったので、「じゃあ、受付してくるね。」と待つこと5分・・・待合室で新聞を読んでいた僕のところに来て、一言「受診できないって」。



え?


そこの病院の消化器科は紹介制になっていて、一般では受診できないと言われたとの事でした。



我が家の場合は僕がたまたま仕事が休みだったため、仕方ないから別の病院に行こうということになり、別の病院の消化器科に行きました。


しかし、これがもし95歳のおばあさん、一人暮らしで、自宅から歩いて5分だから来ていて、猛烈に胃の痛みがある場合はどうするんだろう?


なんてことを考えていました。


そもそも、医療保険を支払っている国民に対して、受診を制限することができるのでしょうか?


早速、インターネットを使って調べてみました。



医師法第19条

診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。

ここで注目するところは、”正当な事由がなければ”でしょう。

それでは正当な事由とはなんでしょうか?



19条の前提には、

「もし適切な医療行為を行わないと生命、健康に危害があるようなときは」が入ります。


今回の妻のケースでは最初の病院で受診ができないからといって、生命、健康に危害が加わることはないので、正当な事由があれば拒まれることになります。


では、改めて病院側の正当な事由とはなんでしょうか?


今回の「紹介制」であれば、毎回受診されている人が適切な医療を受けられるようにしている、予約している人を優先している、業務が円滑に進むため、といったところでしょうか。


医師法の勉強が足りずに予想を書き綴ってみました。


※ 先述した95歳のおばあちゃんの例だと、受診できると思われます。よかったよかった。



ちなみに介護保険法において、僕達デイサービスの利用を”紹介制”という理由で拒むことができるかどうか知りたくないですか?


それでは教えましょう。


デイサービスの利用を拒むのに「”紹介制”だから」という理由は使えません。



ちなみに、正当な事由としては、①利用人数を超えてしまうため、②適切な介護サービスを提供できないため、③利用申込者の居住地が事業所の通常の事業実施地域外にある場合、となっております。



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【出会い】
12月の購入書籍の一冊です。僕は松下幸之助さんや柳井正さん、稲盛和夫さんが大好きなので、購入しました。


【本書のテーマ】
「いかに生きていくべきか」、「人間として何が正しいのか」を問い続け、学び続ける。


【岡本大輔の視点】
これからの時代に求められる「人間性」。

【気になった抜粋】
お客様に接する姿勢としては、お客様の召使いとも呼べる位置づけを甘んじて受け入れるように言ってきた、「甘んずる」という意味は、嫌々という意味ではない、自ら喜んで、気持ち良くお客様の召使いを務めるように言ってきたのである、お客様の召使いが務まらないようでは、どんな立派な販売戦略も絵に描いた餅でしかなく、また仮に一時的に成功したとしても単発に終わり、持続的な成功を収められるはずがない。

製品には、つくった人の心が表れる、粗雑な人がつくったものは粗雑なものに、繊細な人がつくったものは繊細なものになる。

私は、「世の役に立ち、自分も幸せだった」と振り返って感じられるような生き方が、究極的には人々の求めている人生の姿であろうと思う。

信じ合う仲間から称賛と感謝が得られるということが、最高の報奨なのであり、そのような人間の本質に基づいた考え方が、社員に自然に受け入れられるようになるためにも、前述した経営理念や京セラフィロソフィが必要不可欠なものになるのである。

「能力」や「熱意」の重要性については、誰でも分かっているかもしれないが、この「考え方」や哲学が、人生においてどれだけ大切かということは誰も教えてくれない、しかし、この方式式で分かるように、人生においては、正しい「考え方」を持つことが一番大切なのである。

人間と言うのは、一人では成長できない、志ある者たちが集まり、揉まれ合うことによって、より素晴らしい人間に育まれ、その集団もさらなる成長発展を遂げていく。

【響いた抜粋と学び】
お客様に対する態度、サービスだけは限界がない、だから召使いのように徹底して、お客様に奉仕しなくてはならないのである。

利他の心(思いやりや愛)とは、自分だけの利益を考えるのではなく、自己犠牲を払ってでも、相手に尽くそうという心であり、人間として最も美しい心である、私は、ビジネスの世界においても、この心が一番大切であると思っている。

僕の中で、稲盛和夫さんの書籍にはポイントが3つあります。

「利他」の心、完璧主義、そして、フィロソフィーです。


その一つ目になる、「利他」の心です。


これは”思いやり”だとか、”愛”とも呼ばれます。


本書を読み進めてすぐに、”お客様の召使いであれ”と大胆な発言をする稲盛さん。

その心は、お客様へのサービスを徹底しろ!という表れです。


介護サービスに置き換えてみても、態度やサービスについては限界がありません。

「このくらいでいいや」というものではありません。”相手に尽くす”、目の前のお客様のために尽くす姿勢が必要だと説きます。


そして、その心が”人間として”最も美しいと説きます。


その一方で稲盛さんはこう話します。


いくら、「利他」が大切だからと言って、競合他社に利を譲り、自社が不利益を被るということを、私が推奨しているわけでは決してない、経営とは厳しい世界であり、市場における厳しい企業間競争に勝ち抜かなければ、どのような企業であれ、いずれ淘汰されてしまうことになる。

”自己犠牲を払ってでもお客様に尽くす”とは話したが、それはあくまでもお客様に対してであり、競合他社、つまりライバルに譲ることを意味していない。


競争社会を勝ち抜くためには、他社を陥れることや出し抜けとは言わない。それは稲盛さんの哲学に反することだから。


しかし、正しい道で勝負することが必要だと説きます。


その競争がなされる中でお互いの企業が切磋琢磨し、お客様により良いサービスが提供できるのだと話します。



私は、完璧な作業工程のもとに、「製品の語りかける声に耳をすます」というくらいに、繊細で集中した取り組みで、「手の切れるような製品」をつくり上げるようにしなければならないと考える。

パーフェクトであろうとすることは、自分を甘やかそうとする気持ちを抑え、言い訳を許さず、仮借ない態度で常に自らを律することを意味する。

必要な瞬間にだけ集中すればいい、というような安易な態度ではない、張り詰めた緊張感で日々仕事に取り組み、あらゆることに真剣に対処する、そのような習慣を我がものとすることが必要なのである。

稲盛さんのポイント、2つ目の「完璧主義」。


いかがでしょうか、読者のあなたは「完璧主義」と聴くと堅いイメージがありますか?

僕は「完璧主義」と聴くと、「完璧主義」を貫くあまり欝になってしまい体調を崩した方を介護現場で見てきているので、良いイメージは持っていませんでした。


しかし、お客様商売において、「完璧主義」は極めて当たり前のことです。


先述した、お客様への”利他の心”を実践するならば、適当にやることは許されない。自らを律して真剣に仕事に取り組むこと、そ続けることが必要です。


私はすべての判断の基準を「人間として何が正しいか」ということに置いている、この「人間として」というところが大切である、京セラにとって何が良いかということでもなければ、ましてや私個人にとって何が良いかということでもない、一企業や一個人としての利害得失を超えて、人間として公明正大で天地に恥じることがないというような正しい行ないを貫いていこうということだ。

私の経営哲学とは、決して難しいものではない、「人間として正しいことは何か」と自らに問い、「正しいことを正しいままに追求していく」ということである、たとえば、子供の頃に両親や学校の先生から教わった、「嘘をつくな」、「正直であれ」などといったことであり、そのようなプリミィブな教えを判断基準として忠実に守り、実践することが大切であると考える。

稲盛さんが本書の中で繰り返し話すのは「人間として正しいことは何か」です。

僕自身もこの言葉を聴くと、僕にとって何が正しいことで、何をするべきなのか?問いかけるきっかけになります。


仕事に必要な技術や知識をつけることは必要です。それ以上に必要なのは、人間力です。


腕利きの料理人が研ぎ澄まされた包丁を持てば、素晴らしい料理を提供できます。


その料理人が料理人として、人間として何が正しいのか?を忘れてしまえばどうなるのか?


技術や知識の向上はしなくなるし、もしかしたらその包丁を使って人を傷つけるかもしれない。


「いかに生きていくべきか」、「人間として何が正しいのか」ということを常に学び、実践と反省を繰り返していくことに努めない限り、人間とは堕落するようにできている。


本来、人間と思われている僕達は、元々ヒト科のヒトです。”人間”とは成るものです。


将棋で言えば敵陣に切り込んでいった”歩”と同じです。鍛錬して、実践、反省を繰り返すことで”成金”になれるのです。


ヒト科のヒトが人間に”成れる”のです。


成金になって驕ってしまえば、せっかく”金”の働きができるのに、敵にやられてしまいます。


ヒト科のヒト、人間も同じです。


人間に成るからこそ、努力を怠れば人間からヒト科のヒトに戻ってしまうのです。



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