うん。
ウダウダなのはこの暑さだけで充分だ。w
ちょっと気合い入れて踏ん張って、
ちょっとお昼寝しながらのんびりもして、
もうちょっと
がんばれるはず。
うん。
だいじょうぶ。
がんばれるはず。
うん。
ウダウダなのはこの暑さだけで充分だ。w
ちょっと気合い入れて踏ん張って、
ちょっとお昼寝しながらのんびりもして、
もうちょっと
がんばれるはず。
うん。
だいじょうぶ。
がんばれるはず。
『 ガリガリだけどだいじょうぶ? 』
ふいに言われる日常の隙間。
いゃいゃ 私、 ガリガリじゃないから。。 って、 同僚に笑顔でかえす。
なんだろ。
この感じ。
『 だって 』 。。。 って思う。
だって、毎日自分の皮膚の上に「肉」があるのをみて凹んだりしてるのに って。
だって、ちゃんと体脂肪率だって15%もあるんだよ って。
どうみてもこれはガリガリとは言わないんだよ って。
でも。。皮膚の上にある「肉」は、健康であるために必要なんだよね? って しがみついて聞き返したいけど
誰にも聞けない この感じ。
『 細くて服のサイズ困らんの? 』 って言われても
なにを言ってるのかわからない。
どうみても私はそこまで痩せてない。
だって。。。
ちゃんと「肉」があるでしょ? って
こういうのはガリガリでもなんでもないんだよ って。
それがつらくて葛藤してるなんて
たぶん どう説明しても分からないのかもしれないし
たぶん そんな説明は意味がないんだと思う。
それは自分の中だけの事だから
そんなことは笑って受け答えるしかないし
たぶん同僚は、私のことを心配してくれて言ってくれたんだと思うから
私は 「皮膚の上にある「肉」は、健康であるために必要なんだ」 って、自分で自分に言い聞かすしかない。
その同僚が感じるガリガリが、この身体なら
私が感じるガリガリは、骨 なのかもしれない。
そういう感覚の距離を垣間見た 今日のできごとでした。
うん。
8月ですね。
そして8月ですが 相変わらずの自分ですあーやだやだ。
あーやだやだとか言いつつ案外のほほんと生きてますうん。
症状的には さほど変わり映えはしないけれど
暑さのせいでしょうか。
自分の体に固執する気力も萎え気味です。
どちらかというと、 「食べて罪悪感」で感じる苦しさより
今は 「食べれない矛盾」 で感じる苦しさのほうが 大きく感じる。
健康を維持する ってことを
考えたりする。
どうしてそのラインからはみ出ようとばかりするのか
どうして刺激だけが実感として残るのか
普通を望み、普通を嫌悪してる、そして何が欲しいのか
分からない事はたくさんあるけど
分からなくても日々はどんどん 過ぎていく。
過ぎてく日々に 自分は生きているかな って思ったりする。
私はちゃんとここに居るかな って思ったりする。
仕事で認められてる自分と
稼ぎ頭でゼーゼーいってる自分と
母親でやんわりバタバタな自分と
薄い影の空き缶の僕と
よくわからないもがきの渦中の自分と
ぜんぶ自分だけど
それでちゃんと今 ここに居るのかな って。
自分の時間は数年前のあの時から 止まったままなんじゃないかと思うこともある。
でもちゃんと時間だけは進んでるんだ。
相変わらず時間に追われてる日常だけど
自分を実感しながら
生きていたいよ。。。
自分はどこにいるのかな って
ぼんやり思う今宵です。
んーーーーーーーーーーーーーーーー
んーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
んんんんんんんんーーーーーーーーーーーーーーーーーー。。。
食べなきゃ食べなきゃと 思えば思うほど
食べられなくなって 苦しい。
食べなきゃ食べなきゃ、って 思う。
なんでもないように、ご飯の時間がきたら ご飯食べてる人が、羨ましい。。。
『なんでもないように』 と書いたけど、きっと普通に暮らしてたら本当になんでもない事なはずなのに。
なんで食べられない
なんで食べられない
なんでこんなに怖い
もうカンベンして欲しい
催眠術でもなんでもいいからもうこの鎖を解いて欲しい
でも。。。
うん。。。
できないことを見つめ過ぎると本当、行き詰るので
ちょっとポジティブに考えてみるとするならば
2年前に比べたら、食べられる食品も増えたし、食べられる時は栄養を取れるようになったし。
体の不調も以前よりだいぶ「不調」と思えるようになったし。
まだ自分の感覚が普通とは言えなくても、
自分が普通の感覚と離れてる その距離というモノを 客観的にだいぶ分かるようになったし。
2年前は、「普通」とか「健康」とか全く見えなくなってたから。
でもまぁ、見えなかったぶん 「普通」とか「健康」とか見えるようになった今、
そこに達しない自分、っていうのも見えるようになる。
だから 苦しいんだろうな。。。
うん そうなんだろうな。
焦ることないのかもしれん。
焦ることないのかもしれんけど、 生きてるうちに間に合うのかな。。。って 思っちゃう。
生きてるうちに
また普通に笑えるようになるのかな。。。 って。
そう考えると
つらくなる。。。
しんみりだよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しょんぼり 。。。
うん、
ひょっこりと数字が減って、それを見てしまった次の日に
いつもの安定してた数字では物足りなく感じてしまうのはどうしてなのか。
一度減った数字が、基準になってしまうのはどうしてなのか。
どうしてそれほど「減る数字」を自分にしてしまうんだろう。
数字の上で生きてるわけじゃないのにな。
生きる上で数字なんてさほどの重さもないだろうに。
だけど。
だけど、なんだ。
早く開放されたいと一番願っているのに
ひつこく握り締めたがってるのもこの手。
あきれるな。
あきれるのは簡単だけど、
この矛盾をどうにかこうにかやっていくしかないのは自分だから。
で、
やっぱり思うのは、ホルモン。
ホルモンの波で増えやすい期間と減りやすい期間って確かにある。
そういうダイエット方法があるぐらいだもん、確実に左右される。
そのホルモンの波に自分をもっていかれないようにしないと。
健康っていうのが敵にならないようにしないと。
うん。
わかってるんだ。
自分の体を凝視し過ぎる癖がなかなか抜けなくて苦しいけれど
わかっては いるんだよ。
「な~にをわかってるんだか」 って 自分でも笑っちゃうのも然り。w
でもまぁ、
今日も栄養は取ろうと思います。
さてさて。
相変わらずな感じで日々過ぎている感じです。
ここ最近は減少傾向。
食欲も。 数値も。
2年前ならそれを手放しで喜んでいられた。
単純に嬉しさだけを追い求めていればよかった。
けど、
今は違う。
今は、その先に待ってるものがなんなのかもう分かっているから。
食べ物を取らずにどんどんどんどん数字が減っても、それは体の機能までも壊れていくっていう事だから
結局、代謝を悪くさせるだけ。
健康でなければ結局は、活きていく事も 生きていく事も、できない。
あの代謝できなくなった体の 心地悪さを思う存分味わって
もうあぁいう体の不快感と、心の不安定さはイヤだな、って痛感して
だから回復を目指してきて今に至るわけだけど。
それでもいまだに
食べ物が怖い。。。
食べずにすむならそれが一番ラクだと思ってしまう。
食べ物は怖いけど
栄養だけは取っていきたい。
そして、いつかは
この怖さから心から開放されたい。
自分を縛ってる自分の鎖をいつか 開放したい。
一年一年まるで同じ道をグルグルしてるようではあるけれど、
それでも一年ごとにすこーしすこーし変化してる自分にも気付けるよ。
まだまだ微々たる変化で全然進んでないような気がしたりもするけれど
諦めずに自由を目指したい。
そう思います。
生きる事と、食は
切り離せないんだな。
だけど、私の中で
もっともっと、ただ ただひたすら痩せたい気持ちが
やっぱり ある。
健康も置き去りでただひたすらに。
それは、生きる事に逆らう事なんだな、って
なんとなくわかってる。
この矛盾。
自分の気持ちと、生きるという事と。
どうしてそのベクトルが違う方向を向いているんだろう。。。
いつからこのベクトルの方向性がチグハグになっちゃったんだろう。。。
自分の気持ちを大切にするということは
どういうことなんだろう。。。
自分の中の、ただ無謀なほどまで数字を減らしたい気持ちを大切にする事とは
たぶん違うんだろうとは思う。
その気持ちを今すぐ変えることはできなくても、
生きる事になにか見出せれば、これほど痩せたい気持ちだけに価値を置かなくても済むようになるんだろうな。
価値かぁ。。。
目に見えないモノ。
自然のまま、いつ笑えるようになるかな。
生きる事は 退屈だ。
世界が退屈に見えるのは どうしてだろう。。。
なんだか日々 時間に追われて
気付けばもう6月も半ば過ぎですか。
いつの間にこんなに時間が過ぎているのか分からないような追われっぷりです。
といっても何が忙しいわけではなく
日々坦々と目まぐるしい仕事をこなし、家事やらなんやらやってるうちに
一日が終わってる感じ。
そして
このクソ暑さ。。。
めっきり数値的にもガタ落ちてます。
でも栄養だけは取っておこうと必死です。
栄養が体に追いついてるのかどうかは分かりませんが。
いつもこの初夏から秋口にかけてが怪しい感じになってくる。
体も代謝を取り戻して、動いただけ減っていくし
暑さで食欲もなくなり、その少ない食欲を鵜呑みにしてたらどんどん減って、
いつもこの時期から
また「拒食快感モード」に陥ってしまう。
で、結局 真冬に体にガタがきて省エネモードにまでなって、また焦りだす。
その繰り返し。。。
数値が減るのはやっぱり安心だし、嬉しいけど
数値ばかりに気がいく部分と同じぐらい
体調を気に掛けられる自分でありたい。
という、希望。。。w
昨日、300gという数字の増加に恐怖だったわけですが
今日、600gという数字の減少に安堵。。。
ホッとできて一呼吸。
この「数字の減少による安心感」に、ずっと依存してるんだろうと思う。
安心感。
嬉しい気持ち。
その減少の瞬間に得たモノがあまりに心地よくて
「減る数字」だけが すべてになってしまったんだろうと思う。
健康を引き換えにしてまでも
その安心感を得たかった。
今もまだ、
そういう部分が健在する心。
知識を得たからといってすんなり180度方向転換しきることなど出来ない心。
結局 自分は
どうしたいんだろう。。。 って
迷子になったりする。
迷子になったりするけれど、
やっぱり、 自分の生き方を決めるのは 自分。
迷子になりながら
見つけていこうと思う。
見つけるというか。。。
みつめていこうと思う、 そんな自分を。
なんでもなく過ごせている時もありつつ
ちょっと最近は
「数字」が 怖い。
単純に、数字が怖くなる。
そして
数字は食べ物へと直結している。
数字が怖い=食べ物が怖い って、なってしまう。
そうじゃないんだよ、っていう情報や知識を頭に叩き込んだつもりでも
この無性な、無謀な、あてどもない、
この 恐怖の波に飲まれる勢いで我を忘れる感じ。。。 怖い。
たかだか
300g
たかだか
それだけの数字
その変動が
すべてになってしまうなんて
こんなの 嫌だ。
その変動が嫌なのではなく
その変動に我を忘れる事が 嫌なんだ。
。。。ふつうになりたい
そう強く 思う 。。。