男はつらいよ寅次郎真実一路 1984.12.29 銀座文化1 | ギンレイの映画とか

ギンレイの映画とか

 ギンレイ以外も

 失踪した人の職場が証券会社であるというのは、一般的に言って証券会社と言うものが、あのように忙しく、精神的にまいらせるような会社であると理解されているわけであるのだろうな。 資本主義社会の総本山のようなところだから、社員も大変だ。

 

 実際そう思われて当然と言う状況があるのだから、いやよりひどいこともあるに違いない。営業のノルマはきついと聞いた。 

 

 とにかく特にそういう会社だけでなく、日本の猛烈社員たちは、時たまか常にか、この映画の男のように日常生活からドロップアウトしてみたい気持ちを持っていると思う。普通はそれはできないでいる。でも何かのきっかけがあれば、それはごく些細なことかもしれないし、大事かもしれないし、とにかくきっかけがあれば行動するだろう。この物語のように。 

 

 それは1つの自衛と言える。そうしなければダメになってしまう間際のバルブが開いたわけだ。 

 

 そのバルブを持たない人はいないだろう。強引に言ってしまえば、寅さんを見に来る気持ちには既にその気持ちを含んでいると思うし、それだからこそ疑寅さん体験を副主人公にさせてきているのだと思う。それがそのまま観客に伝わってくる。

 

 この映画の中だけに本物の寅さんがいる。当たり前だけど、映画の外には寅はいない。物語の映画の中にいる架空の人物にこれだけ感情を揺さぶられる気持ちよさは他にない。他のどんな素晴らしい映画にもないと断言できる。あっても別人だ。 

 

 惚れるっていいな、憧れちゃうな。そういう気持ちってとても大切なものだと思う。寅さんの思い込みとか、ひどく現実的に考えることとか、ありもしないことを、自分の想像で作ってしまったり。自分なりの理想を常に夢見続けてやれるなんていいな。 

 

 憧れるって言えば、観客のほとんどは寅さんを憧れているわけだ。今回もこうして人妻に惚れて、失踪した夫を探しに行って、夫に帰ってきてほしい気持ちと、帰ってきて欲しくない気持ちの中での矛盾に悩むところとかなんか、よくわかるな。惚れるっていうのは、自分の都合のいいように解釈するところから始まるんじゃないか。あばたもえくぼの例えのように、惚れてしまえば、どんな困難も乗り越えられると思い込んでしまう。でもそういう特別な思いに迷う時期は必要だ。

 

 ああ誰かに惚れてみたい、と言う願望と、私たちが寅さんに託すものがある限り、寅さんは存在し続けるし、特に人生経験が長くなってくると余計、寅さんが必要不可欠のものになってくるのはひしひしと感じる。 

 

 私にとって寅さんは憧れであると同時に、分身として、もっともっと女性に巡りあい、惚れてもらいたいと思う。 

 

 そんな思いがなくならない限り、彼もまたなくなることは許されないだろう。まだまだ作り続けてほしい。 

 

監督 山田洋次

出演 渥美清 倍賞千恵子 大原麗子 下條正巳 三崎千恵子 太宰久雄 佐藤蛾次郎 吉岡秀隆 前田吟 笠智衆 津島恵子 風見章子 辰巳柳太郎 美保純 米倉斉加年

1984年