原作を先に読んでいたので、怖い設定や人物は分かって楽しんだ。映像化してみると、何より人が一番怖い存在であることが分かる。それは幽霊よりも妖怪よりも怪物よりも何よりも、生きて迫ってくる人間が最も恐ろしい。
これはとてつもなく良く出来た映画だと思う。例のタイプライター文字のストーリーをどう扱うかと思ったら、とても上手く処理していた。つまり、その話は無視している。あの話自体はほとんど関係ないものなのだ。墓の中に入ったミザリーがどのように生き返るかという一点にかかっているわけで、その他の魔女裁判のところなんかは飛ばしてもかまわない。ようするに彼女の満足のいくように書けばいいのだから。まあ、それやこれやのその辺の駆け引きのところがスキップされたのは、もったいなくもあるが、それは読者の楽しみにしておいて、映画好きには、この方法がベストなのじゃないかと思う。
何しろ長編が得意の原作者だから、ストーリーだけをかいつまんで映画化することもできる。でもそれだと原作の面白さが出せない。つまり、映画にするんだったら、話だけを取り上げればいいし、そうじゃないと2時間じゃ収まらない。そういうわけで、人気作家の割には映画化作品は多くない。
そもそも映画向きの小説ではないのだ。第一長いし、複雑だし、怖さは小説でじっくりと味わうように書かれている。だから映画には不向き。映画になって本より良かったのは少ない。映画が不満で、原作者自身が監督して映画化したのあったけど、本人が作っても映画にするのは難しいことが証明された。その点、この映画はうまい具合に映画にしていて成功例の一つだと思う。
熱心な読者の思い入れというものの是非というものについて、良く知っているスティーブン・キングだからこそ書いたのだろう。一番のファンとは、ファンと名のつく皆が自分がそうだと思っているからたまらない。それは決して彼女がいなくなったからと言って、一番のファンはなくならないのだから始末に置けない。と言って、そんな人たちは、彼は必要としているわけだし、その辺どう決まりをつけるかは、その人それぞれだろう。
内容は本を読んでのごとくだったし、おおむねそれに沿って映画は出来ているが、タイプ原稿のところの妙味がないことと、私の思っていたアニーのイメージが違うこと、ポールはOK。アニーはもう少し痩せていて、神経質な感じ。とにかく、あんなことを平然とやらかすのだから、姿は少々エキセントリックじゃないといけない。でも彼女もOK。とにかくファンになると、見境がつかなくなり、彼女のヒステリー症状が増してしまうのだ。それはアカデミー賞にノミネートされた彼女のうまさ、又はその人そのものの資質にかかっていると思う。たぶん彼女はとるのじゃないか。ホラーでないシリアス演技だもの。残酷なところは、よけている感じ。本の方が怖いけど、映画の方が見やすい。これ全て監督のせい。とにかくうまいと思う。
監督 ロブ・ライナー
出演 ジェームズ・カーン キャシー・ベイツ リチャード・ファーンズワース フランセス・スターンヘイゲン ローレン・バコール
1990年