椿ノ恋文 小川糸 | なほの読書記録

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I'm really glad to have met you.



「ツバキ文具店」シリーズの最新刊。

鎌倉の古い文具店を舞台にした、何気ない穏やかな日常生活の風景が描かれた心温まるストーリー。

独身だった鳩子(ポッポちゃん)は結婚し、夫(ミツロー)の連れ子の陽菜(QPちゃん)の母となり、さらに2人の子供(小梅と蓮太朗)も年子で産まれ、本書では3児の母となって家事と育児に奮闘中しながらも、大切な人への想いを依頼者に代わって代書し、手紙を届ける代書屋を再開する。

鳩子のもとに様々な代書の依頼が引っ切り無しに舞い込んでくる。

各章のタイトルには、植物の名前が冠された連作短編集。

1:「紫陽花」
舞ちゃんから義理の母(ゆっこママ)へ、自作の料理に髪の毛が入っていたという事実を、相手の気分を害さないよう伝える手紙。

2:「金木犀」
病で生きている時間がもうそんなに長くはなく、手術の後遺症で手紙が書けなくなってしまった母親の茜さんが、結婚式を間近に控えた娘(かえちゃん)へ出す最初で最後の手紙。

会社からリストラ宣告を受け、理不尽に早期退職することとなったサラリーマン(神田川武彦)の退職届。

男爵のはとこの知的ヤクザの弟分がはじめたペットフード会社が、商品と一緒に発送する手書きの手紙。

認知症になった50代後半の小森蔦子が、半月に一回、自分のプロフィールなどを、過去の小森さんから未来の小森さんに宛てて書く手紙。

3:「椿」
高齢のため危なっかしい運転をする84歳の元医師の父に、何か取り返しのつかないことを起こす前に、免許証を返納してもらうようにするための娘(ジャコメッティさん)からの依頼。
娘の依頼だったが、結局、高齢者施設で暮らす妻が病床で書いた体で、離婚届を同封して離婚と引き換えに免許証返納を迫る最後通告の手紙。

中学3年生になり、高校受験が目前に迫り、思春期と反抗期が続いているQPちゃんとの手紙のやりとり。

4:「明日葉」

5:「蓮」
お隣さん(安藤夏)から届いた騒音の関するクレームの手紙に対し、下の子供ふたりのが書いた形で出したお隣りさんへのお詫びの手紙。

自分(美村冬馬)が同性愛者であることを、両親にカミングアウトする手紙。




「椿」と「明日葉」の章では、今作のタイトル「椿ノ恋文」について書かれていました。

亡くなった先代の、鎌倉と伊豆大島をつなぐ密かな恋愛。
先代が生前に書いた沢山の恋文。
解き明かされていくツバキ文具店の名前の由来。

これまでのシリーズ作品と同様、鎌倉の名所やショップ、おいしいお店などが紹介されていました。
加えて本作では、鳩子とQPちゃんが訪れた伊豆大島の観光名所や波浮港の街並みなども紹介されていました。

1月28日からは伊豆大島で4年ぶりに「椿まつり」が通常開催されるそうです。
人口7000人の島に自生する300万本のヤブツバキと多種多様な園芸種、樹齢300年の仙寿椿。


私自身、ちょうど1年前のこの時期に伊豆大島と利島に行きましたが、椿の花が本当にきれいに咲き誇っていました。
また訪れてみたい、見どころの多い風光明媚な島でした。


2023年1月26日に撮影した伊豆大島


印象に残ったフレーズ

【マダムカルピスの話】

「トキグスリ」

時の薬。時間っていうお薬のこと。

時間だけが解決できる、ってこと。

嫌なことも全部含めて、すべてが自分の人生の栄養になる。

何が起きても、まずはそれに逆らわずにこの手で受け取って、そしてまたそっと水に流して。その繰り返し。ただただ時間が経つのを待つだけ。


【雨宮かし子さん(先代)から美村龍三さんへの、出されなかった手紙】

あなたにはあなたの人生があるし、私にも私の人生がある。今さら私がのこのこと顔を出したところで、どうなるというのでしょう。過ぎ去った時間を取り戻そうなんて、野暮なことだと思いました。だって、そんなことはできこありませんから。

私たちは、とにかく前に進んでいくしかないんです。前に進み、そしていつか死を迎える。それが、生きるということなのだと思います。

最近、病床で、いろは歌を書いています。最初は、ただのテナグサミというか、暇つぶしになんとなく書いていたんです。でも、ある日、その意味の深さにはっとしました。何という深い歌なのでしょうか。

花は、どんなに美しく咲き誇っても、必ず散ってしまうんですね。このベッドから夏椿の木を見ていると、つくづく諸行無常を身に染みて実感します。望むことは、もう何もありません。ただ、ひとえにあなたへの感謝の気持ちを伝えたいだけ。全体で見たら、あなたと過ごした時間はほんの一瞬の光に過ぎなかったかもしれません。けれど私は、その一瞬の光を熾にして、こうしてここまで、人生を生きることができました。あなたに出会えたことに、心から感謝します。どうか、最後の最後まで、良き人生を歩んでください。


色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず


【美村冬馬さんの言葉】

「もちろん、家を流されたり、大切にしていたものが壊されたり、下手すると命まで奪われる恐ろしい存在であることは確かです。でも、噴火を恐れていたらここでは生きていけないですから。だから逆に、僕なんかは噴火をポジティブに捉えよって考えるようになりました」

「だって40年に一回、植物の世界が一掃されるんです。溶岩が流れたら、もちろんそこに根っこを張って生きていたら植物は死んじゃうんじゃないですか?でもね、植物ってすごくて、その溶岩大地の上にまた命が芽吹くんですよ。完全にリセットされて、その上に新たな世界が生まれるんです。それが、すごいな、って。

生きていると、人生を一回全部更地にして、リセットしたくなる時ってあるじゃないですか。でも、人間だと勇気がなくてなかなかできなかったりして。なのに目の前の大自然は、それを堂々とやってのけるんです」

「江戸時代の文化で大地が溶岩に覆われたんですけど、そこに植物が根付いて、今は森になっているんです」


【バーバラ夫人の言葉】

「私の場合は、毎回、好きになった男がタイプになっちゃう方だから」

「男はあくまで嗜好品ってこと」

「男はね、所詮嗜むものだなぁ、って、この年になると、つくづくそう思うのよ。必需品にしちゃ、だめ。だってその人がいなくなったら、自分も生きていけなくなるでしょう。消耗品にするのも、ルール違反ね」

「特に男性は、結婚しちゃうと妻を消耗品みたいに扱うけれど、あれ、本当によくないわね。女の賞味期限がどうとか、本当にバカみたい。女はね、熟れてからの方がいい味が出てくるっていうのに、全然わかっていない男が多すぎるわ。特に日本の男性には」

「この歳になるとね、よく考えるの。何のために生まれてきたんだろう、って。だって、いくらいっぱいお金を集めたからって、あの世には持っていけないし、豪華な家を建てたって、それも持っていけないんだもの。大好きな友達とも、別れなきゃいけないでしょ?愛する人とだって、離れなくちゃいけないし。もう、この歳になると手放す一方なんだから」

「この世界って、遊園地みたいなものかもしれないわね。ジェットコースターで恐怖を味わったり、メリーゴーラウンドでロマンスを知ったり、みんな、人生を謳歌するために遊園地に来るんじゃない?お釈迦様は、人は苦しむために生まれてくるので、人生は苦労の連続だなんておっしゃったみたいだけど。それも確かに一理ある気がするけど、人は笑うために生まれてくるんだ、ってバーバラ夫人は信じているの。遊園地で、思いっきり楽しむのが人生の醍醐味。怖いことや苦しいことも全部全部ひっくるめて、経験そのものを、楽しむってこと。でもね、絶対に誰もが必ず遊園地を出なくちゃいけないの。それが、このような唯一のルールなのかもしれないなぁ、って思うんだ。遊園地でどれだけ楽しめるかが、人生の真価のような気がするわ」

「だからね、ふたりとも、たーくさん笑って、人生を楽しむんですよ」


【雨宮(守景)鳩子の言葉】

細く長く愛するか、太く短く愛するか、愛なんてものはさ、所詮どっちかしかないだろ?先代が意味深な発言をした。

「たくさん、長く愛するっていう選択肢は、ないの?」


睦み合うのは何も、体だけではないのだ。文字と文字でだって、ふれあい、たわむれ、睦み合って交わる。そんな世界があるなんて、私はこれまでの30数年間、ずっと知らずに生きてきた。


私は、澄み渡った青空に向けて言葉を放つ。

私が今ここにいて、息を吸いながら、吐きながら、無事に生きているということ。そのことへの感謝の気持ちが、満ち潮のように溢れてくる。

幸せは、日々もがく泥の中にあるのかもしれない。

端から見たらその姿がどんなに無様で滑稽でも、私はそんな自分や、大切な人たちが愛おしくなる。


たとえどんなことがあったとしても、生きていてくれさえすれば、またいつか、きっとどこかで会えるのだから。

《「椿ノ恋文」小川糸 作 幻冬社 刊より一部引用》