人気作家9人による、小説・エッセイ・漫画を通した「ぼっち飯」愛あふれる「食」のアンソロジー。
【もくじと概要】
小説「ふたご食堂のフォーチュンクッキー」八木沢里志
人の役に立てるよう仕事に奮闘する女性が、双子(右巻きさんと左巻きさん)が経営する食堂でフォーチュンクッキーを口にし、明日への力をもらい受けるという、心癒されるお話。
エッセイ「ぼっちの罠」三浦しをん
小説「ぼうべらのおげんべ」荻原浩
YouTuber豆吉の独り言(つぶやき)。
エッセイ「わたしの『ぼっち飯』、今昔」望月麻衣
小説「一人飯の事情」織守きょうや
様々な事情から人前で食べるのが苦手な3人の高校生(会食恐怖症の小野原、母親が作ってくれたかわいいお弁当を人に見られたくない飯田、家がビストロをやっていて風変わりな弁当のため人に見られるのが面倒な神戸)が、旧音楽室でぼっち飯をするお話。
エッセイ「ぼっち飯と読書」三浦しをん
小説「忘れじの辛口」太田紫織
札幌に住む40代の主婦が、名古屋に転勤となった単身赴任の夫の所へ行くために、生まれて初めての一人旅を、憧れていた大型フェリー「きそ」の特等客室に乗船して、苫小牧から名古屋まで 40時間かけて船旅を満喫するお話。
エッセイ「ふらっと三陸鉄道の旅」久住昌之
小説「最高の孤食の作りかた」嶋津 輝
主婦の琴子(55歳)は、マンションの20年ローンを完済した時に、夫から「このまま結婚を続けていくと、死ぬとき後悔しそうだから」と唐突に離婚を切り出され、30年近い結婚生活に終止符を打った。傷ついた琴子は、実業家の佐奈子さんのチャンネルに自分との共通点を見出し、チェックするようになった。そして、一人になってみてきちんと食べることの大事さを痛感し、ご飯炊き専用の土鍋にこだわるようになった。
旅行先の土鍋の産地で縁があって、理想とする米や味噌、そして土鍋に出会うというお話。
漫画「ぼっちではないご飯」矢部太郎
【感想】
私自身、昔は「一人飯」ができませんでした。
小学生の頃は学校へ行くのも、友達と一緒じゃなきゃ行くことができませんでした。
今思い返せば、当時はなぜ一人で行動できなかったのか?
一人で小学校へ行くことがなぜか不安でしたし、友達がいない子、仲間外れになっている子、寂しそうな子、などと周りの人たちから見られるのが嫌だったのかも知れません。
また、小さい頃は両親、兄弟、祖父母、叔父、親戚が一緒に暮らす大家族で、いつも誰かと一緒だったからかも知れません。
大人になって(20歳を過ぎて)、最初はドキドキしながら、一人飯ができるようになりました。
それまでは一人飯の経験なしでした。
今でもカップルやグループが多いお店だと、一人で入るのに抵抗を感じてしまいます。
望月麻衣さんのエッセイ「わたしの『ぼっち飯』、今昔」は、こんな私自身と重なる部分があり、共感できました。
太田紫織さんの「忘れじの辛口」は、太平洋フェリー🛳️『きそ』の船内での様子が詳細に描かれていて、自分も一緒に旅している気分になりました。
私自身、学生時代には、有明埠頭から釧路港に行く大型フェリー🚢の接岸・車両積載・出航業務に従事していたこともあり、親近感を覚えました。
今でも日を跨いでの東京都の離島(父島、八丈島、三宅島、神津島、式根島、新島、利島、大島)への船旅を楽しんでいます。
ですので、気分が高揚している主人公の気持ちがよく伝わってきました。
久住昌之さんの「ふらっと三陸鉄道の旅」は、ドラマ「孤独のグルメ」の井之頭五郎(松重豊さん)を地で行っているような呑み鉄旅で、宮古市、釜石市、大船渡市の各地の飲み屋さんでのひとときの描写が、とてもよかったです。さすが、原作者さんです!
宮古市魚市場食堂の「はらこうどん」を食べてみたくなりました。
嶋津 輝さんの「最高の孤食の作りかた」は、「他人軸で生きないで自分軸で生きる」ことの大切さが伝わってきました。
離婚して初めて自分軸の人生を歩み始めた琴子さんのポジティブな生き方は、ひとりになって生きていくことへの切なさや寂しさを忘れさせてくれ、共感しました。
織守きょうやさんの「一人飯の事情」は、人に見られながら食事をするのが苦手な高校生が登場しますが、ドラマ「傷だらけの天使」の登場人物・綾部貴子社長(岸田今日子さん) を思い出しました。
太田紫織さんの「忘れじの辛口」もドラマ「孤独のグルメ」の井之頭五郎(松重豊さん)の主婦版のようで、一人で美味しいものを探し歩く姿が、五郎さんに重なって見えました。
孤食、個食、小食、子食、古食、粉食、濃食、固食、枯食・・・・・・、どれも過度に追求し過ぎると、体に良くないんじゃないかなぁ、と感じました。
ひとりで食べる「ぼっち飯」は自由気ままに気楽に楽しめて、それはそれで美味しいのですが、私自身、幼い頃から大家族の中でにぎやかに食卓を囲んで大皿料理を味わった光景が懐かしく、そのこともあってか、やっぱり「ぼっち飯」よりも、親愛なる誰かと一緒に美味しいものを食べて、心躍り心和む方が好きだと、改めて思いました。
【印象に残ったフレーズ】
「わたしの『ぼっち飯』、今昔」望月麻衣
今振り返ると、
「あの人、友達がいない可哀相な人なんじゃないか?」
そんなふうに思われるのが怖かったのだろうと思います。
ですが、職場の制服を着ていれば「仕事の休憩中」という看板を掲げているのと同じで、比較的抵抗なく飲食店に入ることができました。
それにしても、今にして思えば、くだらないことを気にしていたものです。
「ぼっち」だと思われるのが嫌で、合わない人とも無理して付き合ったりもしていました。
どうしてあんなに無理していたのかとあらためて考えると、当時の風潮もあったでしょうし、自分に自信がなかったからでしょう。
「友達がたくさんいる」ことに価値を見出し、そう思われることで自己肯定感を保っていたのだと思います。
そのため、当時の私は「ぼっち飯」をしている人を見ると、「やだ、可哀相」などと憐れんでいました。本当に大きなお世話ですが、その頃の私にとって、「ぼっち」=「寂しい人間」だったのです。
そんな私も仕事を通して一人で行動することに慣れ、私服でも躊躇なく飲食店に入れるようになりました。
その時、私はそんな自分を「カッコいい」と思えていることに気が付いたのです。
一皮むけた大人になったと感じ、「ぼっち」=「寂しい・可哀相」という等式は消えていました。
本当に、いつの間にかです。
おや、どこに行ったんだろう?とあらためて考えてみると、どうやら、あの頃の私は一人で行動している人に対して、本当は憧れていたことに気が付きました。
自分は誰かと一緒でないと不安なのに、堂々と「ソロ活動」をしている人を見ると、自分がひどく不完全な人間であるように感じていたのです。
それを払拭したくて「可哀相」などと思うことで、誤魔化してきたのでしょう。
ああ、なんて未熟だったのだろう。
けれど、人はきっと、そうやって成長していくものなのだとも思います。
今の私は、誰にどう見られようと気にしません。焼肉屋でも、貴船の川床でも、一人で行けます。
たとえ「ぼっちで可哀相」と思われてもいいのです。
なぜなら、今の私にとって「ぼっち飯」は、最高だから。(P93〜94)
「一人飯の事情」織守きょうや
何故さっさと交際相手と話をしないのかが不思議だった。
彼らには、食事をともにしたい相手がいる。まずそれが幸せなことなのに、彼らは気づいていない。
恰好をつけたり、怖がったりしている暇があったら、話し合えばいいのだ。二人で楽しい時間を過ごすための方法を、一緒に考えればいい。
それをためらってしまうほど、嫌われたくないとか、嫌いになりたくないとか、そんなことを考えるくらいに、好きなのだから。(P131)
「最高の孤食の作り方」嶋津 輝
「他人軸から自分軸へ」
そう大きな文字で書かれていて、その下に「皆がそうするから親に言われたから彼が喜ぶから人の目が気になるから/もう他人軸で生きるのはやめて自分の人生を取り戻しましょう」と続いている。(P255)
米、土鍋、味噌。いずれも最高のものが揃って、いよいよ自分の質素な夕食は完璧なものに整った。さらに知り合いも増え、定年後の愉しみまで定まりつつある。最高の煮干しや、最高の汁椀を求めたりすれば、また新たな出会いがあるかもしれない。
ああ楽しい。生きていて楽しい。夫にはもはや未練も恨みもなく、幸せに暮らしていてくれればいいなと思う。
いつか最期のときを迎えたとき、自分は「ああ楽しかった」と思いながら、意識が遠のいていくような気がする。いやそれとも、「ああ美味しかった」と思うのだろうか。どちらでもいい。今はとにかく、少しでも長く美味しいご飯と味噌汁を食べ続けていられれば、それだけでよかった。(P279〜280)
《『今夜も、ぼっち飯』実業之日本社 刊より一部抜粋》
