3週間後には来日する友人について、あれこれブログに書き連ねていたら副産物としてこんな文章が出来上がった。
これは大学2年生の春休みに語学研修で初めて海外に行く前、つまり友人に初めて会う前に買った会話集。当時のレベルは仏検3級だった。ずいぶんお世話になった。
5週間の研修後、大学3年次も副専攻科目として仏語を選び、言語と文化にはまったのか、就職氷河期から逃れるためか、いずれにせよ4年次に進級する前に休学し、個人留学した。
当時、2級だった。もちろんスーツケースにこの会話集を入れた。10か月の留学中に夫に出会ったが、↓このページにはお世話にならなかった。むしろ二人で読んで大笑いした。
帰国後、準1級に合格した。1年後に来日した夫と籍を入れると、一人旅の機会も減り、会話集の役目も終了。いや、20代半ばに母と二人旅した時もお守りとしてカバンに忍ばせたと思う。
根気よく仏語が使える仕事を探し、ビジネス仏語に食らいついていた20代後半が終わり、30代に入ると、現地に行くたびに手応えを感じるようになってきた。なんとかなると。
40代前半、長年、受験しそびれていた1級を取得した頃には会話集がどこにあるかすら分からなくなっていた。内容も形態も時代遅れになった会話集。
それを本棚から取り出したのは日本語レッスンに使えるかどうか確認するためだった。40代後半の今、私にとって仏語は家庭の言語、仕事の道具でもある。
↑旅行会話のレッスンは提供しないと書いておきながら、友人の依頼を受けて、先月から↓こんなレッスンを行っている。その違和感については別途書いた。
1回目:交通機関(電車、バス等)で
2回目:レストランで
3回目:道を尋ねる
4回目:買い物(予定)
レッスン内容はさておき、私が興味を持ったのは約25年前、日本に1年半(正確には1年+半年の2回)留学した人がどの程度の日本語レベルを維持しているかという点。
友人は、帰国後、20代の頃にパリで1年半、日本の食品を扱う店に勤務し、日本語を使用。30代の頃、シンガポールに駐在時に数年、日本語レッスンを受講していたらしい。
その後、15年は日本語に全く触れていないのに日本在住3年目の同国人より聴解力、会話力ともに優れている(全く同じテキストを使用した結果)。ただし、漢字は弱い。
半ば、おだてるために、どうやって維持しているのか聞くと、やはり場面で思い出すそうだ。芋づる式というやつか。さらに、もともと耳もいいらしい。
でも忘れてはならないのは、文法の基礎があるということ。基礎を築くのは時間がかかるけれど、しっかり基礎工事をしておけば、25年経っても錆びないのだ。
それが、サバイバル会話との違いだと思う。