本ブログは、家族心理学と家族療法の視点から、家庭や職場で起きる困りごとを読み解き、実生活で使える対応策を紹介します。カウンセラー等の支援職から当事者まで、わかりやすく誠実な解説を心がけています。
自己紹介はこちら ⇒ 自己紹介
告知:オンライン勉強会(参加無料)
2024~2025年にかけて静岡市にてリアル開催していた「家族心理学・家族療法」の勉強会をオンラインで開催します(当面参加費無料)。お気軽にご参加ください!
日時 2025/10/19(日)10:00~11:00頃
会場 Zoom
https://us02web.zoom.us/j/8197402180
ZoomID 819-740-2180、パスワード なし
定員 8名(先着順)
会費 無料
申込 メール family.psychology.family.therapy@gmail.com / お名前、申し込む旨をお書きください。
(当日飛込参加も歓迎しますが定員ですとお断りする可能性もあります)
講師 白岩俊正、カウンセラー戸塚美幸先生
静岡市リアル開催の様子は戸塚美幸先生のブログでご覧ください
記事ランキング
(期間:2025/8/21~9/19。30日間)
76.死にゆく親とどう関わるか
「最期に、何をしてあげればよかったのだろう」
この問いは、時間が経っても胸の奥に残りやすいものです。
正解がひとつに定まらないからこそ、私たちは迷います。
そもそも“関わる”という言葉には、「そばにいる」「触れる」「見守る」「距離をとる」――いくつもの形が含まれています。
どれも、誰かを深く大切に思うからこそ選ばれる姿です。
今日は、答えを並べるのではなく、その迷いにそっと灯りをともすように、いくつかの風景をお話しさせてください。
病室の窓から午後の光が差し込む時間帯がありました。
カーテン越しにやわらかい影が揺れて、白いシーツがうっすら桃色を帯びます。
娘のKさんは、母の唇が乾いていないか、綿棒で少しずつ水を含ませながら見守っていました。言葉はほとんど交わされません。けれど、手の甲に触れた温度が、その日の“会話”のすべてでした。
「若いころ、桃の缶詰がごちそうでね」
ふいに母がつぶやきました。
Kさんは笑って、「覚えてるよ。誕生日はいつも桃だった」と返します。
たったそれだけで、ふたりは長い時間を往復しました。
細かい事情や、積み残した話題や、言えなかったごめんね――それらを無理に詰め込もうとしなかったからこそ、ふたりは同じ景色を静かに見つめることができたのだと思います。
最期の関わりは、しばしば“言葉の少ない共同作業”になります。
息づかいに合わせてイスを引き寄せること、毛布の端を直すこと、窓を少しだけ開けること。
小さな身振りが、祈りに変わっていく時間です。
誰かの終わりに寄り添うとき、私たちは“いい子”であろうと背筋を伸ばしがちです。
涙をこらえ、弱音を飲み込み、笑顔をつくる。
けれど、胸の内側では波が立っています。思い出のやわらかさと、過去のささくれ。よくやったという自分と、あのとき言いすぎた自分。
死にゆく親と向き合うとは、実は「自分」というもう一人の相手とも向き合うことなのかもしれません。
うまくできなくて大丈夫です。
座り続けられない日があっていいし、席を外して廊下で深呼吸する時間も、りっぱな付き添いの一部です。
泣きたくなったら泣いてかまいません。
涙は、相手ではなく“関係”に向けられた水やりのようなものです。こぼしたからといって壊れるものではありません。
自宅で最期の時を迎えた父を見送った、Sさんの話も印象に残っています。
Sさんは幼いころから父と距離があり、会話はいつも短くて、工具の名前と天気の話で終わるような親子でした。
看取りが近づいたころ、Sさんは静かに父の工具箱を磨きました。汚れを拭き、錆を落とし、ラベルを貼り直す。
父はその手元を見つめて、ときどき目を閉じます。
「このドライバー、昔よく貸してくれたよね」
Sさんが言うと、父はかすかに笑いました。
折り合いの悪かった年月が、工具の重さを通して一瞬、別の形に並び替わるようでした。
二人は和解のことばを選びませんでした。むしろ、選ばないことでやっと近づけたのかもしれません。
未完成のまま受け渡される関係もあります。未完成のままでも、充分に温かい関わりがありえます。
「何かしてあげなければ」という焦りはやさしさの裏返しですが、ときに私たちを急がせます。
終わりの時間は、砂時計の砂のように均等には落ちません。
濃い瞬間と、長く静かな時間が交互にやってきます。
濃い瞬間には、たしかに世界が少し縮むように感じられるでしょう。
手と手の間にある温度だけが現実になり、過去も未来も遠のきます。
静かな時間には、まわりの音がよく聞こえます。エアコンの低い唸り、車輪の転がる気配、遠くの笑い声。
それらはすべて、残り時間の背景に流れる“生活の音楽”です。
私たちは、その音楽ごと見送ります。うまくいった日だけが記憶に残るわけではありません。
何でもない時間が、あとからそっと支えになります。
触れることについても、少し触れておきたいのです。
人は弱っていくと、言葉よりも先に身体の記憶に頼ります。
幼いころに背中をさすってもらった感覚、手を握り返すわずかな力、髪を撫でられたときの安心。
その“古い安心”が、終わりの近い時間にふっと蘇ることがあります。
上手に振る舞う必要はありません。ぎこちなくても、そっと、短くで十分です。
触れることが難しいと感じるなら、視線や声のトーンもまた“触れる”方法です。
名を呼ぶ、目を合わせる、うなずく。
からだの外側に置けるやさしさは、思っているよりたくさんあります。
そして、距離をとる選択について。
世話をしてきた時間が長い人ほど、ギリギリのところまで頑張り続けてしまいます。
けれど、ときには離れて眠る夜も必要です。
離れることは冷たさではなく、最後までそばにいるための準備です。
自分の体と心に戻る時間を持てる人は、ふたたび相手のもとへ戻る力を取り戻します。
看取りとは、交代で灯りを守る作業に似ています。誰かが灯心を整え、誰かが油を注ぎ、誰かが外の風を見張る。
そのどれもが「関わる」こと。
あなたが灯りの番を離れるとき、他の誰かが必ずつないでくれる――そう信じてよいのです。
「ありがとう」や「ごめんね」を言えなかったことが、あとから心に残ることもあります。
けれど、言えなかった言葉があったからといって、関係の価値が減るわけではありません。
言葉は間に合わなくても、願いは届いていることがあります。
息が浅くてうなずけない人でも、耳は最後まで世界に開いていると信じられています。
あなたが迷いながら座った椅子、夜明け前にそっと閉めたドア、帰り道の空の色――それらは静かに、確かに、二人の間に残ります。
遺された人がそれらを覚えている限り、関わりは形を変えて続いていきます。
ときどき、「最期の瞬間に間に合わなかった」と悔やむ方がいます。
大切な人の旅立ちの場にいられないことは、たしかに胸を裂きます。
でも、人生は“最期の瞬間”だけでできてはいません。
日々の無数の瞬間が、最期を囲む大きな輪を作ります。
あなたが差し入れたスープ、送迎のハンドル、待合で読んだ雑誌、廊下の自販機で買ったあたたかい飲み物。
そのどれもが、見えない環の一部です。
輪が充分に温かければ、中心にたどり着かなくても、愛はちゃんと届きます。
死にゆく親とどう関わるか――答えは、いつもその人とあなたの間柄の数だけあります。
昔話を重ねる人もいれば、静かな沈黙を分け合う人もいる。
笑いが多い看取りもあれば、ほとんど眠っている顔を眺めるだけの日々もある。
どれも、まちがいではありません。
あなたが選んだその形が、その関係にとっての最善だったと、どうか信じてください。
もし、いま目の前にベッドがあり、そこにあなたの親が眠っているなら、深く息を吸って、あなたの背中をやさしく支えてください。
できることは思っているより少なく、しかし思っているより深いのです。
手を置く。名前を呼ぶ。窓の外の雲を一緒に見上げる。
うまく言えない思いは、そっと自分の胸の上に置いておく。それで十分です。
そして、たとえ旅立ちの後に悔いが顔を出しても、その悔いさえも含めて、あなたがつくってきた関係の歴史です。
悲しみは時間をかけてかたちを変え、やがて日常の色の中に溶けていきます。
あなたがこれからも生きる日々の歩幅に合わせて、思い出は歩き直してくれるでしょう。
最期の関わりは、いつも“完成”ではなく“継続”のかたちをしています。
見送ったあとも続いていく対話のはじまり。
その静かな始まりを、大切に抱えて歩いていけますように。
ご案内 メール講座(無料/全7回)
家族心理学・家族慮法スクール オンラインでは効率よい学びのため、メール講座をご用意しております。
全7回無料で受信していただけますのでぜひ以下のフォームからご登録ください。
解除も自由です
ブログのご紹介
ブログ主宰 しらいわ は以下のブログも作成しています。併せてご覧ください。
1. 自己愛性ハラスメント対策室 ~ 感情的な人に振り回されている方向け~
2. 高齢親の囲い込み 解放アドバイザー ~ 介護が必要になった高齢親が自分以外のきょうだいに囲い込まれて会えなくなった方へ~
3. 家族心理学・家族療法スクール オンライン ~ 家族関係に悩む方や支援職のための学びの場。家族との距離の取り方や関係性の見直しに役立つ知恵を、心理学の視点から発信
4. ごみ拾い日記 Toshi Shiraiwa【静岡】~ごみ拾いが好きで2015年から近所のごみ拾いを粛々を行っています。2020/8~はグリーンバード静岡というごみ拾いグループのリーダーもしています。
~ 以下休止中 ~
5. あなたのメンタルを守りたい (休止中)~心が少し軽くなるメンタルケアの情報を発信中~
6. インナーチャイルド解放コーチ しらいわとしまさ (休止中)幼少期の心の傷が未処理のため大人になっても生きづらさを感じる方へ
7. 感情の地図 〜EQナビゲーターが届ける“心の航海術”(休止中)~感情と向き合う「心の航海術」を発信中