という訳で、
新元号は『令和』に決まった。
安倍首相が提案した『安晋』は、審議会満場一致で却下された。

その後、
「『漢籍』ではなく『国書』を典拠とすべし」
という己れの支持基盤の右派からの意見を曲解した首相は、
「では、いっそ『漢字』じゃなく日本が編み出した『ひらがな』はどうかな?」
と言うと
『げりべん』
とホワイトボードに大書し、これも満場一致で一蹴された。
さらに、新元号が決定すると、今度は
「僕ちゃんが発表するんだい
」と駄々をこねた。
「ご存知ないんですか?それは代々官房長官の役目です」
と取り巻きにたしなめられると、逆上して菅官房長官に掴みかかり、
「『菅義偉(かんぎい)』って、貴様いったい何者なんだ
漢籍か
」と罵倒して周囲に制止される一幕もあった。
という訳で、つつがなく令和元年を迎える訳だが、私は昔っから元号というやつが嫌いで使わないから関係ない。
皆さんは、どうぞお使いください。
私と内田裕也
先月、白髪をボヤいた記事を書いた。
実はそのあと直ぐ染めた(しかも三男坊ちゃんお薦めの茶色のやつで染めた)往生際の悪い私だったが、あっという間にまた白くなった。
次男は、
「白髪ってロッカーみたくね?
ロッケンロールのおじさんみたいでカッコいいじゃんか」
と、慰めにもなっていない慰めの言葉をかけてくれた。
その裕也さんが、何と次男が引き合いに出したまさにその日の朝に亡くなられた。
私のブログと裕也さんは他にも縁があり、かつて『鳥に似た人』というテーマでご登場頂いたことがある
(それ一回こっきりだった)。
何というか、そこいらの中途半端なチョイ悪オヤジとはスケールの違う『極悪オヤジ』とでもいうべき存在感は、キース・リチャーズや故・やしきたかじんさんと相通じるものがあった。
傍で眺めてる分には楽しいが、身近にいたらさぞ迷惑であろう、ロッケンロールそのものな御仁だった。
合掌。

またしてもバレンタイン
はやって来た。
もはや、通勤中にいきなり女子高生から渡されたらどうしよう
などと妄想に耽ることもなくなった。それどころか、最近は白髪を染めるのが面倒になってきて、モロ関口宏状態になってきた。
爺さんがワンポイントだけ白いのは、いいトシこいて色キ○ガイみたいでやらしいとズッと思っていたが、いざ自分が白くなると、あれは不可抗力であって別に意図して部分白髪にしている訳ではないと良ぉく分かった。
関口宏、今まで嫌いだったが、これからは友達と呼ぼう。
ドライ夫人のママ友のオバハン達で茶髪にしておられる方が大勢いらっしゃるが、あれもフェイクで、地はきっと真っ白なのであろう。
ププッ。。。
ワシの勝ちだ。
なぜならワシはまだ部分だけだからだ
(しかも隠さずさらけ出している)


...バレンタインについて書くつもりが、白髪で勝った負けたの話になってしまった。
私が勝ち負けにこだわる根っからの漢である証拠だろう。

↑「関口宏」で画像検索したら、変なオッサンが引っ掛かった。
ハゲと白髪を一緒にしないでほしい。
あ
けまちておめでとうございます。
夏と冬に例のやつを貰うと、ドライ夫人は『大一枚だけ』私に還元してくださる。
私は妻を深く愛しているので、口答えもせず恭しく拝受するのだが、その分け前で、今回はこんなもんを買いました。
アメリカン・レトロ看板。

"そんなの買ってどうするの?"とか聞かないで頂きたい。
私にも分かりまへんのや。
ところで、エリック・スチュアートが1982年に発表したソロ「Frooty Rooties」のジャケットは、これにソックリである。

私の近頃のマイブームは、エリック並びに10cc(並びにトッド・ラングレン)。
10ccの「びっくり電話」(1976)に、"I'm Mandy, Fly Me"という名曲が収められている。
その昔、アメリカの航空会社が、自社のスッチーを代わりばんこにモデルに仕立て
『私を飛ばせてちょうだい
』というコピーで宣伝広告を打った。
現物はこういうやつだ。

今の時代なら、間違いなくセクハラ企業として叩かれまくることだろう。
エリックは、このポスターをウットリ眺めるくたびれたオッサンを偶然見かけ、曲の着想を得たそうだ。
いいトシこいてこんなもんにカネを遣う私も、このオッサンと大して変わらないのであろう。
気づけば年末
可愛い息子たちは、みな今週いっぱいで冬休みに突入する。
そして、なぜか私だけ来週も出勤である
(とっても憤慨している)。
例年の如く、11月いっぱいまで猛烈に働きまくった私は、12月はやる気も体力も尽き果てているので、かなり適当に流している。
かくいう本日も、客の挨拶回りと称し、師走の街中をブラブラ散策している。
思い起こせば、天変地異が猛威を奮った一年だった。
それから、大杉れん(すんまへん、字が分かりまへん)さんが亡くなられた。
それから、安倍晋三さんも亡くなられた。
...勘違いかもしれない。
そんな中でも、とりわけ私の印象に残ったのは、山で迷子になった少年を見事救出したボランティアのお爺さんだった。
なかなか茶目っ気のある素敵な方であった。
あと、ダパンプというグループが、久々にヒット曲を放った。
"♪なんたらアメリカ~~"という一本調子の歌がどこに行ってもかかっているので、私は案の定アレルギーになってしまった。
しかし、ダパンプの親御さん達は、きっとひと安心されたことであろう。
