草薙神社から国道を突っ切ってまっすぐ最上川のほうへ向かうと、
小さな公園の中に「明治天皇御小憩所」の石碑が見えてきます。
そして、正岡子規の「朝霧や 四十八瀧 下り船」の碑も。
子規の対の句は、戸澤藩船番所の敷地にあり(最上川①芭蕉丸で紹介済み)。
お、いいことありそう。
そして、シリーズ内にちょくちょく出てきていた白糸の滝。
シリーズに白糸の滝が出てくるのは、この記事がラスト。
落差は124メートルですが、見えない部分も含めると約230メートル。
色づいた広葉樹林の中に、滑り落ちるようなこの純白の糸は(いきなり詩人)、
三ヶ所の岩肌から湧き出た水が集まって流れています。
そして、滝つぼに落ちた水は、滝つぼの地下を通り、
真前の最上川の中央から湧き出ているそうです。
……あ、船。さっそくいいことがありました
絵になりますね。
船は、芭蕉ライン観光の「芭蕉丸」。
あの不動堂や滝には、小さな渡し船でしか行けないそうです。
……と思っていたら、いつの間にか芭蕉ライン観光のほうで新航路ができ、
そこに降りられるようになっていました(行きた~い)。
義経ロマン観光の従業員が「仙人丸」という小さな船に乗って、
約10年に一度、不動堂の鳥居にペンキを塗るために渡るそうです。
そこから仙人堂へは繋がっているので、歩いても行けるそうですが(但し、道はなし)。
「芭蕉丸」がこの先にある最上川リバーポート(降船場)に乗客を降ろし、
戸澤藩船番所(乗船場)へ戻ってゆきます。
白糸の滝の前は浅瀬のため、増水しない限り接岸はできないんだとか。
……確かに、川原のように石がむき出し状態ですね。
しばらく雨が降らなかったりすると、渇水の影響で船下りが中止になることも。
では、戻りますよ(下にも降りていました)。
個人的には、昔盛んだったというヤツメウナギ漁が今でも行われているのかが気になります。食べたことはないのですが、あのグロテスクな口が気になって気になって(検索してみてね・笑)。
~ 山形新聞 2016-05-04付 ~
<おまけ・その1>
別の日。
すっかり周りの葉が落ちていました。
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<おまけ・その2>
高屋駅から古口駅の間の国道沿いの高架橋の下にも、義経にまつわる祠があります。
室町時代に書かれた【義経記】に、白糸の滝を過ぎるとやがて――
「『鎧(よろい)の明神』『冑(かぶと)の明神』を拝んでたかやりの瀬を越え、
たけくらべの杉などをながめ、矢向大明神を伏し拝んで、舟を降りた」
と書かれています。
その『冑の明神』に、今でも参拝することができます。
かつてあった場所から移築されたものだそうですが。
中をのぞいてみると、「冑の明神 稲荷大明神」と書かれた木札が掲げられていました。
向かって左が稲荷大明神で、右が冑の明神でしょう。
伝承によれば――
日本武尊が最上川をさかのぼる途中、家臣の乗った舟が急流で流され、
日本武尊が助けようと身につけていた鎧や冑を脱ぎ捨てるのですが、
冑が落ちた場所に冑の明神を、鎧の落ちた場所に鎧の明神を祀ったといわれています。
そして義経もまた、そこに兜を埋め、道中の無事を祈ったともいわれているようです。