第十四回・天秤座後編:恋の相談 | CRODのブログ 〜サンフランシスコから~

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ベル悩める20代に送りますベル

人類共通の悩み、「恋と仕事、人生&運命」

でも実は、星座によってその悩みの中身

「リアル天秤座に答える3つの質問」

第十四回・天秤座前編:恋の相談

「本能、直感のままに動けない天秤座」

 

占いにおける一番ポピュラーで、かつ深い三問にお答えする連載。

毎回実際に各星座のみなさんからお寄せいただいた内容をもとに、質問を構成。

それに、“その星座の方のためにお返事する視点で”…まーさがお返事を出します!

 

 

2・天秤座の仕事というか…運命の相談?

その1

「何かを選ぶとき、なぜいつも回り道をしてしまうのか?」

「『本当に大切な方を選ばないで、違う方をやってしまう』パターンによく陥りがちです。でも実際にやってみてやっぱりうまくいかなくて、それでなんとなく手に取った、多分“本当にやるべき”のものの方にようやっと…手を伸ばす(この時点でもまだ気がついてない…トホホ)というような。

何で最初から大切な方に行けないのかなってことがよくあります。これは天秤座ならではかも?」

 

その2

「…運命の相手だったら、こんな努力はいらないの?」

「運命の相手は女性側が努力しなくても、上手くいきやすいのでしょうか?」

 

 

まーさからのお返事)

再びの天秤座、こんにちはです。まーさです。

さて後編またお返事してまいりましょう~。

 

今回は一応仕事の項目にはしていますが(片方)、どちらも人生上の相談と言って問題ない内容です。

かつ、片方は特に天秤座に特化したものではないかもだけど…、

この手の質問(占いには定期的に出てくるテーマ、運命の相手問題)は一度ちゃんと答えたいなと思っておりましたので、ちょうどいいな!(笑)という。

 

一段とどの星座の方にも活用していただけるように、考えたいと思います。

 

ではひとつめ。

原文、意味することは分かったのですが、文章としては微妙にわかりにくかったので、大分言葉を補わせていただいております。

つまりは、「本能的に(もしくは直感的に)あっちが本当は大事だ、とわかっているのに、なぜか最初からそっちを選択できない。一度失敗してからでないと本来行くべき方に行けないし、しかもそっちに行き始めてからも、しばらくはその大事さに(こっちこそが正解だと)気づけていない」という話ですね。

 

うむ~。

私自身はこの経験あまりありませんが、でも拝見して「ああ、あれね!」とすぐにおっしゃっていることはわかりました。

非常によくある悩みとは言いませんが、でもこういう…

「自分で自分をはぐらかす性質」

みたいなもの、この世には存在すると思います。

特に誰がやりそうかと言ったら、天秤座ですからね~。らしいと言えると思います。

 

これも、その背景となる理由はいくつか考えられる気がしますが。

一番謎なのは、「自分で自分を面倒に追い込んでいる」というところじゃないでしょうか。

 

たとえば、これが他人に対してで、特に恋愛面とかで、「人の気を引くために」やっている話だったら、ああ…(察し)となる人多いと思います。自分がやるかどうかはさておいて(多分やる人やらない人は半々くらい)、そういう人がいるのは見当つきますよね。

 

で、じゃあ恋愛のケースのとき、そういうはぐらかしの行為はなぜするんだ?と考えてみると。

 

まあ先にも書きましたが、「相手の気を引こうとしている」のが第一なんですが、

私が思うに、より正確にこれを書くなら、「そこまで本気じゃないんだけど、でもそこそこ相手の気を引いておきたい欲もあるので」みたいな状況下で、一番起こるんじゃないでしょうか。

多分、本当に本気で好き、好意がある相手には、誰もはぐらかし…なんて(まどろっこしい)ことは、早々しないでしょうしね

まあそれでもやっちゃう人は(本気なんだけど)いるにはいますけど、

そういう人はおそらく、好きな気持ちは本物なんだろうけど、

「相手を好きな“自分”」に対してはある意味自信がない…&持てないがために

そういう、「相手を強く思う自分」という状況にきちんと立ち向かえないでいる。

 

こういう状況なんじゃないかと感じます。

 

だから、そこはぐらかしてる場合じゃないから!というときにも、「どうかなあ~」みたいな曖昧なことを相手に言って、時に変な方向に進んでみたりして。

自分で自分の中の混乱を濃くすると!(涙)

で、相手にはそのはぐらかしがそのまま本心だと思われるので、恋愛面では不利な方向に物事が進んでしまうと…。

好きな気持ちは本物なはずなのに、自分で自分を不利にする系の行動ですね。

 

まあはっきり言うのなら、これは「逃げ」のジャンルに入る行動なんですが。

逃げている相手が、その好きな人ではなく、「その相手にがっちり立ち向かう、真剣な状況に身を置く、自分がその件に関して私はマジだと認めること」だという。

多分そういうことなんだろうなあ~背景は~と、感じます。

 

何だかこれ、前回の恋愛編に関しても、こういう話あったような気がしますが。

天秤座には限らない性質とはいえ、でも天秤座ズには顕著なところかもしれませんね。

 

「自分の外側のことにはほとんどうまく対処できるのに、

自分の内側に生じた強い感情や思い、シリアスで緊迫した心境には背を向けがち」

みたいなことなのかな。

 

これは天秤座諸君によく感じることですが、

でも、こういうのも、やはり精神的な経験値とともに回復&成長していく部分でもあると思います。

つまり、天秤座ならみんながみんなに感じる部分ではないですね。

 

天秤座は平和を愛する性質ですが、だからこそ「逃げられる戦いは徹底して避ける」みたいなところもあります。率先して手を汚さないし、そうまでしても…己の心や生活の平安を守りたい…みたいな部分もあります。

真逆&かなり違う性格で、でも似た側面もある活動宮諸君(牡羊座、蟹座、山羊座)と比べると顕著ですが、

全員同じくらい場を支配したい、勝ちたいと思っているのに、残る三星座は率先して手を汚すからなあ~(額に汗する、前線で泥にまみれるみたいの、かっこいいと思っているというか…)。

 

いや、いいんです。たとえ目的遂行のために殺し屋を雇うのが天秤座だとしても(笑)。

この世界にはいろいろな視点から物を見、判断することが必要です(そして殺し屋の雇用も守られる。笑)。

この点を補って余りあるくらい、天秤座には美点もあります。

 

話しを戻しましょう~。

で、今回のお話の場合は恋愛のケースではないのでこの例とは少し違うかなと思いますが、

でも大きく見ると、「直感的な本心に従うことに対する躊躇が、反対を選ばせている」という点では根本的には似ているかなと思います。

こういう例は、進路決定なんかでは起こりやすい話ですかね。

内心、Aの仕事の方が自分には合っている…好きだ…とわかっていたのに、Bの方を選んでしまい、何年かかけてそれに取り組んでやはり違うな、無理だなとわかって、その後、再び縁のできたA(前のAとは違う内容かもだけど、本質的には同じものとか)を再選択すると。

でも選んだ段階では「ああ、またAに出会ったな」くらいの感じで、「絶対今度はA、にするんだから!」と自分から考えて取りに行ったわけではないみたいな。

 

おそらく、最初からAに行けないのは、

自分で自分の判断を信じられないからなんだろうな、と思います。

思い込みが強いの、反対ですね(笑)。

これもまた非常に天秤座らしい(笑)。

 

思い込みって、確かに現代社会ではあまり強くないほうがいい、捨てろ捨てろと言われる種類の物であったりもしますが、

時にはあってくれることで大いに身を守れる場合もあると思いますよ。

 

やっぱり、人間がいつ弱るって、気持ちがふらふらしているときですからねえ。

思い込みは、それがどんなものであったにしろ、心や精神をきっちり体に留めておいてくれる、

心身を一致団結させてくれる釘みたいなものですよね。

それが頑なすぎるのは考えものですが、でもその人のよさ、強さが発揮されるとき、大体その人の中はシンプルで、全部の力が一丸となっているイメージでしょう。

それは自分の中の全員が「今はこれがいい、これでいい!」と言っているから起こること。

つまり自分の判断を、自分で信用できている。

頭脳も体も感情も…インスピレーションも、

「自分のその判断を支持する」と言ってくれているからこそ起こり得るすごさだと思います。

 

まあそれが簡単なことだとは思わないですし、

人生いつでもその状態…であったら、私たちみんなもっと楽なんですが。

 

失敗するたびに、何度も何度も、「なぜあそこでBを選んだんだ!」と内なる議会が紛糾して、

で、「もっと早くからAだと感じる自分を信じられていれば…」と経験知が増えていけば、

それが学びとなり、自分にとって適切な道をすんなり選べるようになると思います。

 

それが、自分で、自分の中のブレを修正できるということで、

単に、時間をかけてうまくなるべき内容なんじゃないでしょうか。

 

これ、もちろん若くても未熟でも、すぐに全会一致になる人もいるんですけど。

そういうケースは、やはりそもそも思い込みが強い人の場合ですね。

 

自分の中に大きな揺らぎがあるんだけど、それを経験によって少しずつ修正して一丸となる方法を覚えていく人の方が、結果的には発想が幅広くなるし、経験値も豊かになるので強いです。

 

もし過去にこういう経験を何度もしてきているのなら、

その時々に、自分はなぜBを選んだのか、結果どうだったか、いい面も悪い面も思い出してみて、

で、その後どんな影響が生まれたかを書き出してみるといいですね。

 

なんとな~くしか、感じ取っていないと、それが活きるまでに大分時間がかかりますが(生きている間に活かせないことも多々)。

一度そうやって自覚的に思いだし、考えてみるとそれが断然早くなります。

 

この話に限らず、自分の中にいかがなものか…と思う性格があり、たびたびそれに悩まされるなら、一度しっかり見つめ直してみることで、大分変わりますね。ぜひお試しください。

 

大体、「自分でそれに気づいていないで、よくないパターンを繰り返す」ことのほうが大半ですから、気づいて書き出せちゃう段階で、ほぼ修正済みみたいなものですね(笑)。

わかってないから、やっちゃうのであって、わかればそうそうやりません。

それでもやってしまうのなら、それはそれで何か意味がありますね。これはこれで、きちんと考えてみる価値のある話だと思います(でも今回は扱いません)。

 

 

あ。それと補足ですが。

この件、「Aを選ぶにしてもBを選ぶにしても、条件はそう変わらない」的前提で話を進めましたが、たとえば「Bを選ぶ方が親の意に従えるから」とか、「内心Aを選びたがっている他の人がいたので、気を使って…」とか、そういう背景があったのなら、また話は変わってきます。

 

つまり、自分にとって大事なものを選ぶより、そっちを優先することの方が、その状況下では重要だったということになりますよね。

また上の例で言えば、「一度親の意向に従った姿勢を見せて、でも実際にうまく行かないからBにいくのも止む無し…的な大義名分が欲しかったのであえて回り道をした」みたいなケースも、考えられなくはないです。

 

そうだな~。たとえば家が名門で、親御さんの決めた(おめがねにかなう)相手と結婚することが暗黙の了解なんだけど、それを面と向かって嫌だ!とはなかなか言えないので、一応従って見せるんだけど…毎回相手と破談になるような行動を続ける(結婚自体なかなかしないとか、すぐ離婚しちゃうとか)。こういう形の“反抗”を繰り返す人もいますね。かなり消極的&気の長い反抗精神です(汗)。

 

でも今回のご相談の方は違いそうですし、多分自分で自分の直感を信じる根拠(というか強さというか)を、まだ自分の中に持っていないというだけのように思えます。

 

むしろ、「最初の段階では何の根拠もないのに、なんでそっちが“大切な方”とわかっていたんだろう?」という風に逆に考えれば、非常に勘がいいのかもしれませんね。

 

ただ、勘も、人生の初期段階では力も根拠も弱いので、

「私の勘に従った結果、どうだったか?」という根拠を溜めて、強くしていってあげるしかないと思います!かつ、それがベストです。

 

ちなみに、同じ方が、人間関係上でも人に影響されやすい…とも書いてもおられたので、現状まだいろいろな意味で揺れやすいのだと思います。

人の影響を受けやすいのは、いろいろな情報をキャッチできる美点でもあるのでなくさないほうがいいですが。

コツとしては「たくさん扱う人は、しまうところをきちんと分ける」が、現実の部屋でも心の中でも最高の対処法ですね(整理法)。

自分の考えを入れておくところと、人の考えを入れておくところは当然ですが引き出しを分けましょう。

わからなくなったら、引き出しにしろ心にしろ、一度全部取り出して仕切り直しです(文字通り)。

心の整理は、一度今思っていることを全部書き出して、その後入れ直せばいい。

もう一度、それは誰の考えか、より大事なのは、優先すべきは何かでわけ直せばいい。

それだけのことですよ。お試しあれ!

 

 

そして、もうひとつの「運命の相手」問題の方に参りましょう。

 

まず大前提として、運命の相手とは何を指すのか…という話になります。

諸説あるとは思いますけど、「一緒にいて違和感がなく、お互いの良さを生かしあえる(と感じる)相手」みたいなことでいいでしょうかね。

 

ちなみに、

・ひと目で会ってすぐにわかる

・ほぼ同時に惹かれあう

・問題なく即結婚に結びつく

「運命の相手」とは、このあたりに関しては必ずしもイエスとは言えないので、そこはご了承ください(私が思うにですが。これが当てはまるのはディズニープリンセスくらいよ…)。

 

それに多分、自分の人生の中で、「あの人が運命の相手だったかもしれないな」と思う人に出会ったことのある方は、多分この辺賛同してくれると思いますね。

 

特に、何か運命的な結びつきがある、と互いに感じ合う関係であっても(お互いに確認済み)、その結果というか、関係性の結論が“結婚”でないケースは、結構多いんじゃないかなあ。

 

むしろもし私が「運命の相手」という関係を定義づけるなら、

 

「ある一定の期間や人生上の時代を思い出したとき、『あの出会いは特別だったな…』と思い出される相手は、すべて自分の運命の人である」

みたいな感じではないかと思いますね。

 

つまり運命の相手は生きている中で複数いるのが普通で(いつもおかしくない)、

カテゴリー的にも、恋人とは限らないという意味です。

少なくとも私は、実体験上&他の皆様の運命的なお話をいろいろ伺った中で、こう考えています。

 

で、再び話を戻しますが。

多分このご相談の方は、恋愛に特化したパターンの「運命の相手」を想定して話されていると思うので、こちらもそれに合わせて行きましょう。

 

そうですね~、運命かどうかはわかりませんけども、

一定以上の相性。特に「一緒にいて自然で、その後良い形で長い恋愛関係&結婚などに結びつくようなパートナーになりうる相手は、特別難しいことや過度の努力をしなくても、すんなりうまく行く、仲良くやっていきやすい」というのはあると思います。

 

それは、運命というより人間同士の相性の問題だと思いますけどね。

(これは単純に何座と何座が…みたいなやつじゃなく、もっときっちり見た場合の相性ね)

 

そもそも「好きになってもらうのに持っている力ほとんど使った」みたいな大変さだと、その後付き合っていくときの余力がもう残ってないもの(汗)。

関係って続いていくもので、それでこそ価値があると思いませんか、ある程度は。

で、どっちかだけが、圧倒的に頑張らないとそもそも成立しないカップルでは、

その後、運命的な何かも起こしにくいですよねえ。

 

 

実際、恋愛のご相談を聞いていてよく思うのは、

みんな一旦好きになっちゃうと、どうしてもその人でなければ…と、がぜん執着しだすケースが多いのに、

そもそもの最初、その人に惹かれだすきっかけに関しては、

こういってはあれですが、なかなかに適当…。

つまりは「事前にものすごく慎重に吟味して、相手のことを知ろう、自分との相性を考えてみよう」みたいな慎重さ、まるでない場合が多いんですよね。

 

大体の場合は、恋したいときにそばにいる人で誰かいないかな~的に探し出して、

そのとき最初に何となく良さそうに思った人を、すぐ好きになっちゃうんですよね。

 

これはみんなそうだと思います。

ごく一部のものすごく計画的な&条件で徹底して相手を見る人以外は。

 

だから、現実的に考えると、本当に自分の運命の相手を探している…って人はほとんどいず、

何となく今好きな相手が「運命的にも裏打ちされた(保障された)素晴らしい人だ!」と思いたくて、

運命の人ですか?って、考えるケースの方が多いんだろうなあと思います。

 

でも、実際に、本当に自分に合う相手に会っちゃうと、今度は「この人が運命の相手だろうが、それはどうでもいい」ってなりますしね。

むしろその人以外に運命の人がいます、とか言われたら、「何を!?(私と彼を引き裂かないで)」って思うでしょう。さっきまでは運命に保証してもらいたかったのに、そうなると運命はアゲインストな存在になるわけですね(笑)。

 

で、再び話を戻しますが。

そう、ある程度人として合っている(相性的に)相手なら、

そこまで特殊な努力はいらないのが普通です、いや一般的ですし、

それこそ「自然に一緒にいる」ってことだと思います。

 

でもそれは、お分かりだと思いますが、な~んにも努力しなくていいということでは、ないでしょうね。

 

変なたとえですが、そういう相手に出会えれば、もうお姫様のように…(どこの)何もしなくても上げ膳据え膳…みたいなことではないですよ(笑)。

 

好きな相手と暮らすとしても、毎日働く必要はあるし、家も片づけないとご飯も作らないと…貯金もしないと、適度な運動も…、時には口論やすれちがいも、疲れや倦怠感もあるでしょうね。

本当に伝えたいことは、きちんと言葉に出して言う必要もあるし、

相手の思いも真剣に受け止め、汲まなくてはならない。

相手のために、自分の何かをあきらめる、譲る必要も時にはあるかもしれません。

相手がつらいときには積極的にかばって、自分が矢面に立たなくてはならないこともありますね。

わかってもらいたいのにそうならないときや、ちょっとしたことで気持ちがずれてささくれ立った気分のまま、一緒にいなくてはならない日もあるかもね。

 

でも、たとえばそういうとても人間としてデリケートな学びも共有できる、時間をかけて一緒に成長していけるような関係なら、それはまさに運命的な出会いだし、素晴らしいパートナーだとも思います。

こういうのも努力の内と言えば、間違いなくそうですが。

「努力してでもいいから、一緒にいたい」とか、「努力するたびに絆が深まる実感がある」とか、

そういう種類の努力なら、それをできる境遇にいることこそが、関係の強さ、まさしく「運命的に意味があって出会った二人だ」と証明していると思います。

 

そう、ポイントは「やりがいのある努力かどうか」ですね。

それをさせてくれる相手が、私の運命的なパートナーだと考えるといいのかもしれません。

 

で、もう当然のことながらみなさんお分かりだと思いますが、

 

無暗に放置して相手を不安がらせるとか、浮気ばっかりするとか、

人として正直でないとか、無駄な駆け引きや試すような行動ばかり取るとか、

お金を渡さないとつながっていけないかのように感じさせる態度とか、

ありえないことですが、言葉&実際の暴力で傷つけてくるとか、自分の身近な人を罵倒するとか、

 

そういう種類の態度に耐える、我慢する、適応する…的なことは、“やりがいのある努力”じゃないですよ。

ここ、本当に重要ですからね。

 

「努力しなくてもうまくいく」のではなく、

「前向きな気持ちで行うので、努力を重荷に感じないか、努力してもきちんとそれが実を結ぶから、その達成感ややりがいで思いが昇華される」。

 

そう思わせてくれる相手に恋をすべきですし、

 

相手も自分に対し、そういう気持ちを味わってもらえるような、

彼にとっての「運命の恋の相手」に自分自身がなろうと、“努力”するのが、

私たち誰にとっても、いいことなんじゃないでしょうか。

 

 

 

 

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