テレビに樹木希林が出演していて、
夫・内田裕也との今までの家族の形を
語っていた。今回の『東京タワー』は、
母子家庭で育ったオダギリジョーといい、
樹木希林といい、どことなく役どころと
本人の人生にだぶるところがあるような
気がする。
それで希林さんは淡々と自分の家族史を
語っていたけれど、なかなかに壮絶!
あの破天荒な内田裕也と結婚してわずか
3年で別居。それから内田裕也に別の恋人
ができて離婚を申し出られるものの、裁判を
おこして勝訴を勝ち取る。以来30年にわたって
別居生活を送りながら夫婦関係は保っている
不思議な家族(といえるのかも微妙だけど)。
正に「時々オトン」なわけで。
翻って我が家はどうだったのかなーと
考えると、うちもまたそうだったんだなと思う。
私の母が、私が生まれて間もない頃から
約1年間つけ続けていた育児日記を読み返した。
小さい頃(といっても小・中学生の頃)それを
発見したときには、自分のことを日記にほぼ
毎日のように書いてくれていたなんて!と
感動して読んでいたものだったけれど、
今読むと違うところがひっかかる。
それは母親が仕事から引き離されて、
家の中でひとりで子育てをしていかなきゃいけない
という不安の気持ち。それが私の成長記録と共に
ところどころに顔をのぞかせていた。
「夫は仕事で忙しくて帰ってこない」
「近所の子育てママたちとうまく付き合えるかしら」
「仕事を辞めたことは正しかったのかしら、
続けたかった」
などなど。
今までは母の背中を見ていて、
母がそばにいてくれることは当たり前のことだったし、
それはそれは大きな存在だったと今でも思う。
でも、それが実は当たり前のことじゃないし、
ふと小さい頃の思い出に思いをはせて
もっと父親の記憶というものが蘇ってきても
いいのかもしれないとも思うのだ。
自分が母親が私を産んだ年齢に近づいて
いるからなのかどうかはわからないけれど、
「私と母親」「オカンとボク」っていうのが郷愁を
誘うものとして確かに自分の中にある一方で、
母親にはもっと他の生き方もあっただろうにと
妙に感傷的にさせたりもする。
もう少し時が経つと
「時々」っていうのがとれるのかもな、
もっと家族の形の記憶が変わるときがくるのかもな
と思う。