しばらく物語から遠ざかっていたけれど、これはと思う本を立て続けに
読んだのでここにてご紹介します。一冊は『博士が愛した数式』で知られる
作家・小川洋子さんによる『物語の役割』(ちくまプリマー新書)。
タイトルの通り、「物語とは何か」について小川さんの優しい言葉で綴られた
一冊です。自身が物語を紡ぎだす現場について、誰にでもわかりやすく
語っているだけでなくて、広く人々にとって物語とはどういうもなのか、
物語が果たす役割について語っています。
その中で興味深かった話は、アメリカの作家であるポール・オースター
がアメリカのラジオ局で行っている『ナショナル・ストーリ・プロジェクト』に
ついての話。数々の人気作品を生み出しているポール・オースターですが、
ラジオで番組を持つことになった時に、自ら物語を創作して朗読するという
ことを考えていたらしいのです。でも、 「それは大変よ。一般のリスナー
から、彼らの現実の物語を募集したら」との奥さんのアドバイスに(奥さん
も有名な著述をなさっている方、美術に造詣が深くていらっしゃいます)
一般のリスナーからの物語を募集することを始めたというのです。
最初は物語が寄せられるのかどうなのかが本当に不安だったものの、
フタをあけてみれば数々の物語が寄せられた。そして、ポール・オースター
の目を通して選ばれた物語がラジオを通じて朗読・紹介されるという試み
が続けられたそうです。その記録をまとめた本が一冊になって出版された
のが2001年9月13日。9・11の直後のことだったそうです。
アメリカ人の多くの物語が寄せられた結果、総体としてアメリカの歴史
が浮き彫りになり、アメリカという地で暮らす人々の多様な物語が見えて
きた。見ず知らずの人々の話を集めたものが、結果としてアメリカという
社会が見えてくる博物館のような役割になったというのです。
その本が発刊されたのが2001・9・13という日付であったことも、偶然に
すぎないのかもしれないけれど、何か物語を感じるところがあります。
あながち小説にのみ物語があるわけではなく、むしろ現実にこそ物語
が宿っている。 それを見逃さずに捉え、形にすることが小説家の仕事
であり、そういう現実の物語からこそ小説が学ぶものも大きい。
小説は現実を、現実は小説を導き、後追いするような不思議な関係性に
あるのだ、と小川さんは語っています。
他にも、現実で起きた悲しみを乗り越えるための物語の役割など、
心に響くエピソードが多く紹介されています。 良著だと思うので、
みなさん手にとって読んでみてください。小説が好きな人も、そうでない人
も、きっと何かを感じ取れるはずです。
