12さいのおんなのこがじさつしたようです。
ぼくも、みぎのみみがきこえないことで、さんざんいじめにあい、ふとうこうして、じどうせいしんかびょうとうに、にゅういんさせられました。
このアバウト35ねんかん、まったくいじめもんだいに、しんてんはなかったようですね。
このくにのおとなは、まったくだめなようです。
じさつするろうじんも、ふえてるそうですね。
こんなつまらないくにのためにいきて、あげくのはてにじさつするなんて、ろうじんがじさつするくには、さいていだとおもっていました。
でも、こどもがじさつするくにに、したてあげたのは、このろうじんどもかもしれません。
だとしたら、じさつなんてひきょうなまねはせずに、やることあんだろばかやろう。
こんなひきょうなろうじんどもの、こどもたちが、げんざいおとなになって、こどもたちをじさつさせるのです。
こどもをいじめて、じさつにおいやるのは、こどもです。
そのこどもをきょういくしてるのは、おとなです。
じさつするような、ろうじんたちのこどもが、いじめをするおとなになって、いじめをするこどもたちをそだてているのです。
いじめられるほうにも、もんだいがあるとか、きちがいのねごとみたいなこともききます。
まったくばかなことだとおもいます。
あきらかに、いじめるやつがいるから、いじめられるこどもができるのです。
ナイフがあるから、さされるやつがいるのです。
ピストルがあるから、うたれるやつがいるのです。
きんぞくバットがあるから、なぐられるやつがいるのです。
いじめるやつがいるから、いじめられるやつがいるのです。
いじめられるこどもは、さいしょからいじめられたいとかおもってないでしょう。
それよりも、いじめるやつは、そんなおやのきょういくだとおもいます。
はっきりいってばかだもん。
いじめるこどもを、そだててることにもきずかないかていは、いちぞくまるごとじさつしたほうがいいとおもいます。
そうだ、おまえら、しんでしまえ。
おもいっきり、さいていなほうほうで、じさつしろ。