勤め人のころ、先輩に仕事とはなんだと訊かれたのだ。
まあ酒の席だから仕方ないのだが、ずいぶんとめんどーくさいことを訊くのだな。
おれは仕事とはヒマつぶしだと答えたのだ。
したら怒られたな、こっぴどく。
なんでも仕事ってーのは生きるためのカテであって、社会的しんよーであって、一人前の人間として食うためであって…とのたまうのだ、口の端っこにアワをためて。
それってヒマつぶしじゃん。
まさにリアルなババ抜きでもってスゴロクのコマになりきっているのだ。
先輩は家庭があって野心があって出世もしたけりゃ起業もしたい。よーするにカネがほしーから仕事をしてるのじゃないか? 千円あれば立派な生姜焼き定食が食えるのに、そこに二千円あってどーする。
おれは家庭もないし野心もないし出世もめんどーだし起業なんてバカバカしい。
だから死ぬまでのヒマをつぶせるだけのカネがあればいーのだ。
したら死ねとゆーのだ、口の端っこにアワをためて。
別に死んでもいーのだが、死んでみてあまりよくない場合は生き返るのはかなり難しいと思われるので、仕方なく生きて好きにヒマをつぶしたいのだ。
将来は分からんが今のとこホームレスを望んでないので、仕方なく仕事をしているのだ。
えーと、キレるとゆーのには二種類あると思っていたのだ。
一つは細い血管がハープの弦のよーにたくさんあって、すぐにパラパラキレるのだがキレた端っこからつながるタイプ。
もう一つは樹の幹のよーに太い血管がドスンとあって、なかなかキレないのだが、一度キレたら手がつけられないタイプ。
先輩は前者のよーにパラパラキレて、尚且つつながりにくいとゆー珍しいタイプだった。
おれは殺されるかと思ったよ、まったく。
ヒトを使おーと、ヒトに使われよーと、職人のよーに我が道をいこーと仕事と社会はかかわり合いだからな、めんどーでも。
おれも一時期は縄師といって、いわゆる操演の一環なのだが早い話しロープでおねーちゃんを縛ってヤクザのSMカレンダーとか撮影していた職人なのだ。
子供の頃、ボーイスカウトで縛りを教わったのよかったのだな。
いや、だからね、コムスンとか社会保険とか郵便局とか政治家とかのキレーごとのメッキがはがれて迷惑してるのはおれたちなのだよ。一生懸命人生のヒマをつぶしているおれたちなのだ。
カネがほしーなら稼げばいいのは勝手なのだ。
いまの社会の現実はコムスンの折口氏もおれも全てのみなさんはホームレスと地続きなのだ。
価値観の相違だとゆーならそのとーり、おれもそー思う。
したらそれを押し付けるなよ。
家庭があって嫁さんがいて尚且つよけいなガキまでいたならそれを食わしていかなにゃーならん。
それって、いわゆる家族計画があってのことだろ。
好きで作った家庭とガキなのだから、ヒマじゃねーか。戦後と時代が違うのだから、ガキを育てるヒマがあるってーこった。ごくろーさん、最後まで責任持てよ。
なんかひじょーにとりとめがなくなってしまったのだ、すまん。
仕事が生きがいのみなさんは、ヒマをつぶせるいいオモチャを持っているのだ。
んでも、ふと我にかえって生きがいじゃーなくなったとき、他のヒマつぶしがあるといーな。
どーせヒマをつぶすなら面白い方がいいし、仕事はてきとーでも面白いことには一生懸命なのが人情なのだ。
おれはヒマつぶしそのものを生きがいにして、ヒマをつぶすのだ。
仕方ないから。