ブームなんだってな。
百マス計算とかチンタラした間違い探しとか、なんかホラーで恐がるのもいいらしい。
まあブームだがらすぐに廃れるのだろうが、この21世紀のコンピュータ時代になにゆえ脳の活性化なのかがよくわからん。
そんなにオツムがよくなりたいのだろーか。
あ、そうか、ボケ防止なのか。
でも歳を取ったらボケるのは自然だろう。それともなにか、いわゆる寿命の半分くらい生きてきて、蓄積された知恵と知識と経験を、いついつまでもゾリンゲンの刃物みたいに尖らせたいのだろーか。
おれはごめんだ。
そんなバイタリティ溢れるストロングなじっちゃんにはなりたかないのだ。
ニコニコしながら猫をいじったりして、おれ朝ごはん食ったっけ。とか言ったりしながら近所のガキに飴玉くれてやったりするのがいいな。
頑固なじじいも魅力的である。バカな親に育てられたバカなガキが、バカの世襲でバカ親になっている頃だろーから、そいつのバカなガキを鍛えなおすよーな頑固じじいだ。
すんげー嫌われるよな、きっと。
だが、そこんとこの感覚はボケてるからへっちゃらなのだ。
でも、脳を活性化するのに今更そんなブームが必要なのか?
テレビで養老何某が、知る、見ることだけでも能は変わると言っている。
それは日常のことで、自然なこと、当たり前のことなので賛成なのだ。
例えばダチに、おれはホーケイなのだ。と言ったとしよう。
ダチは考えるよな。マジかな?でもなんでおれに言うのだろう。ウソかな、それとも正直なのかな…。
その時点でダチのおれの見る眼が変わる。ウソか本当かホーケイかも知れない、いい歳をしたせっちん。
また、ダチのトイレが長かった場合とかだ。あいつトイレが長いな、オナニーしてんじゃねーの。
なんて言ってしまったら、その時点でダチは、トイレでオナニーしているかも知れない、いい歳をしたダチになってしまう。
更にそれを想像してしまったらヤバイな。ビジュアルが脳裏に焼きついて離れない。
こんな不用意なことでも脳は活性化し、変わってしまうのだ。
おれなんかは、電車の中吊り広告で女優の小雪を見たりして、意外にいい体をしてるじゃねーか、やらせてくんねーかな。なんて妄想するだけで、色んな部位が活性化するぞ。
ただその場合、計算能力とかは活性化されんが…。
歳相応に適度にボケる、それはご褒美と思って貰っておけばいいんじゃねーの。