行きつけの居酒屋でよく顔を合わせるオヤジは、とにかく鶴田浩二なのだ。
勝新太郎や高倉健などは大根役者で、鶴田浩二が本物らしい。
好きなだけあって、とにもかくにも生い立ちや経歴に詳しい。
ご近所さんかと思うほど詳しいのだよ。
松田優作が好きなおれにはまったくわからん。
世代がちがうのだ。ジェネレーション・ギャップとゆーやつだな。
そのオヤジに新小岩のとあるスナックに連れて行かれた。
年期の入った店に、年期の入ったママが一人でやってる小さなスナック。
店内には、すでに4~5人の客がカウンターにいた。
もちろん、みんなオヤジの知り合いだ。
それはいい、当たり前だ。オヤジの行きつけだろうから。
そして、悪夢が始まった…。
店内のBGMが鶴田浩二なのだ。
古いやつだと思いでしょうが 古いやつほど…(忘れた)。
なにから なにまで 真っ暗闇よ…(忘れた)。
真っ暗闇なのだ。
客のすべてが鶴田浩二だったのだ。
ひとしきり、鶴田浩二の歌を聞いたあと、カラオケで鶴田浩二のループが展開されたのだ。
鶴田浩二のみなさんは、もちろん鶴田浩二なので、鶴田浩二の歌を歌う前に「今晩は、俳優の鶴田浩二です」
と言ってから、片手を耳に当てて鶴田浩二を歌うのだ。
まあ、鶴田浩二だから当たり前なのだが。
古いやつだと思いでしょうが 古いやつほど…(忘れた)。
なにから なにまで 真っ暗闇よ…(忘れた)。
鶴田浩二のみなさんは、次から次へとこの歌をうたう。そして鶴田浩二の他の歌を思い思い歌うのだが、
やがて鶴田浩二の持ち歌が無くなったらしく、鶴田浩二のみなさんは普通の演歌やムード歌謡に移行する。
北島三郎とか美空ひばりとか森進一とか…。それでも歌う前には必ず「今晩は、俳優の鶴田浩二です」とやって、片手を耳に当てるのだ。
おれは、もやは鶴田浩二でなくなってしまった鶴田浩二のみなさんを尻目に、年期の入ったママが語るぺ・ヨンジュンの話しを、うんうんと黙って聞いていた。
ああ、新小岩の夜はふけて…。