今回紹介するのは・・・





高沢秀昭  ロッテ 広島 ロッテ  外野手







川崎球場のロッテオリオンズ。俺が東京に出てきた時にはもう千葉ロッテマリーンズだったから、川崎ロッテを体験することができなかった。


珍プレーで流れた閑古鳥のスタンド。寝そべり、カップルのチュー、流しそうめん、麻雀。


一度は行って見たかったものだ。


野球以外なら行ったことはある。93、94、95年の子供の日のFMW(プロレス)。大仁田厚の大ファンだった俺は必ずアリーナ席を取っていて、スタンドに入ったことはなかった。駅から遠かったのをおぼえている。



以前に川崎で働いていたことがあり、川崎育ちの同僚によると、川崎球場のスタンドは、「れーおーん ちゃちゃちゃー れーおーん ちゃちゃちゃー」 「おーちーあい ちゃちゃちゃー おーちーあい ちゃちゃちゃー」と、どの選手も同じ調子で繰り返されていたと聞いた。職場でそのコールが少し流行った。




そんな川崎ロッテを日本中が注目した日があった。


知らない人はいないであろう、10.19である。


1988年。巨人軍は優勝を逃し、傷心の俺は、毎年西武じゃつまんないから近鉄かオリックス頑張ってくれよなんて思っていたと思う。


10月19日、ダブルヘッダーで近鉄が連勝すれば優勝、というよりも西武が優勝できない日、学校から帰った高校生の俺は、テレビじゃ見れない川崎劇場をラジオで聞いていた。


しかし、ニュースステーションの前に、急遽中継が始まったのである。



8回。ブライアントが勝ち越しホームラン。これで決まったと誰もが思ったはず。


しかし、その裏にホームランバッターでない4番の高沢秀昭がなんとホームランを放つ。黙々と塁を回る高沢。


実況の声が枯れそうな「どうなるんだー」の絶叫は今でも耳に焼きついている。



どうなったかは、誰もが知っていることだろう。




ちなみに、高沢ではなく高澤が正しいようだ。本人が書いているのだから間違いない。





(敬称略)



[協力 M氏]


今回紹介するのは・・・







青木高広   元 巨人 広島  投手





俺は移籍選手が好きだ。


転校が多かったせいか、自分の意志に反して強制的に環境が変わることの大変さをよく知っている。子供と大人の違いはあれど、今までと違う土地に行き、周りの人間が違い、前はこうだったのにここではこうなのか・・・、など、絶対に苦労するはずだ。


このため、トレード移籍選手をついつい応援してしまう。



さて巨人軍は、一軍半の選手を出して一軍の選手を取る、という傾向が(一部?)あるような気がする。


吉田-岸川。 小原沢-榎。


佐藤裕-入来兄 なんて、近鉄、それでいいのか、なんて思ったものだ。まあ実績はなくても若さとか可能性で取ったのかもしれないし、年俸の差が球団にとってのミソなんてのもあるのかもしれないが。



そうやって一軍選手を獲って得しているように見えて、使わない、ことも多かったような気がする。内部を知らないファンならいくらでも言えるが、何で誰々使わないんだ、もったいない、なんて仲間とよく言ったものだ。


そんなこんなで小野淳平とのトレードでやってきた青木高広。引退はしてしまったが、俺の、巨人軍に対するトレード選手のイメージに反し、よく使われ、いい働きをしたと思う。


さて、惜別球人のカードのラインナップにも堂々加えられているこの青木、当然惜別球人のカードを同封した。



返信が来た。別の選手で何度か見た、キャンプでの配布カードが透けて見えた。ヤッタ! サービスだ。


ん? 開封すると、入れた惜別球人がない・・・。




1、入れ忘れ


2、他のファンレターとの入れ間違い


3、同封されたカードにはしない。そのカードは封入しない。


4、このカード持ってないから頂戴。そのかわり配布カードあげるから。




誰か入れてない惜別球人が入っていた人いませんか。


でも、4に決まってる! 役に立って嬉しい、と思おう。




(敬称略)











今回紹介するのは・・・






鈴木尚広 外野手



ルーキーの1997年から見ている。


京王よみうりランド駅からの歩く歩道がまだあったはずだ。


室内練習場の前で(今なら信じられない)、同じ97年ルーキーの三沢興一と堀田一郎が月刊ジャイアンツの取材を受けているのをその日に会ったファンと見ながら、詳しそうなおじさんが、「この堀田、外野(のポジション)取るかもしれないんだ」と言っていた。まだ高橋由伸が入団する前である。


さて、話は尚広。


俺は、鈴木尚広という選手はそれほど期待していなかった。カードには内野手とあり、割って入れるとは思えなかった。翌年だったか、骨折なのか片腕を包帯でグルグル巻きにしてグラウンドに出て行ったのを見たことがある。こうやって消えていくんだなあと思っていた。


しかし、巨人の鈴木は消えなかった。走塁のスペシャリストとして、2008年には外野のレギュラーとして、巨人軍の歴史に残る選手となった。巨人の近年の連覇に、大いに関係していると言っていいだろう。



TTMの返信率がいいのは、二軍から、ジャイアンツ球場から這い上がってきた精神によるものではないかと勝手に思っている。


そういえば、練習後にファンサービスをしながら、記者に「こういうのって(自分のカード)持ってないんですよね」みたいなことを言っていたのを俺は聞き逃さず、送ってあげようと今はなき新宿のカードショップに行って数枚買い、寮に送ったことがあった。喜んでもらえただろうか。


ちなみに、その某ショップはバラがやたら高く、いくらルーキーカードとはいえ400円はボリすぎだと思ったのは俺だけだろうか。




(敬称略)











(敬称略)