今回紹介するのは…





TTMでなくインパーソン。



プロ野球観戦、応援、サイン収集、それぞれが好き


ん? すげえ! 洋楽ミュージシャン?






ではありません。



CDは、ピーター・ガブリエル&ディープ・フォレスト/ホワイル・ジ・アース・スリープス 


http://www.youtube.com/watch?v=a5yNXrroVj8




サインは、かつてこの曲を入場テーマに使用していた、格闘家・野地竜太


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E5%9C%B0%E7%AB%9C%E5%A4%AA




時は10年以上前にさかのぼる。


格闘技好きの俺は、日本テレビの格闘技番組・最強魂を見ていた。その日の回は格闘家のテーマ曲特集であった。


番組の中で、「極真の若獅子」のキャッチフレーズで、野地竜太という格闘家のテーマが紹介された。それがこの「ピーター・ガブリエル&ディープ・フォレスト/ホワイル・ジ・アース・スリープス」だったのである。


キレイないい曲だった。スタジオでも、司会の関根勤に話題をふられたアシスタントが「野地選手のテーマが…」と取り上げた。


当時の俺はバンドをやっていて、入場テーマに凝っていたので、この番組は録画していた。野地竜太のテーマ曲紹介シーンを何度も再生して、長い長い曲名とアーティスト名を書き留めた。そして買った。そしてライブの入場テーマに使った。


それから2年後ぐらいだったろうか。働いていた店の社長が重量級の格闘技チームを結成し、メガトンの名でパンクラスに加入。俺の古くからの友達が練習生になった。


メガトンには次々と格闘技界のビッグネームが集まり、社長が業界誌で、「さらに超大物X(エックス)が入団する」と発言。



そのXこそ、極真の若獅子・野地竜太だったのである。


びっくりした。あの、最強魂のテーマ曲特集で紹介されていた野地竜太が。俺が恐れ多くも真似してライブで使ってしまった「ピーター・ガブリエル&ディープ・フォレスト/ホワイル・ジ・アース・スリープス」の本家・野地竜太が…



その後の活躍はウィキぺディアを参照頂きたいが、格闘技界に詳しくない人に、『のちのノアのチャンピオン・杉浦貴にKO勝ち』と伝えたい。




俺は、いつかあのCDに野地竜太のサインを貰いたいと思っていた。メガトンの練習生だった友達は現在も野地竜太の弟子としてセコンドやスパーリングパートナーを務めている。


そんな先日のこと。その友達から、野地竜太の道場・「野地道場」を題材とした演劇が開催されると聞き、見に行こうと誘われた。行く日は野地竜太も来場してトークショーがあるという。友達は俺がサインを貰いたがっていることを知っていて、会えたら頼んでくれるという。ヤッタ!


当日。演劇ははっきり言ってつまらなかったが、閉幕後に野地竜太に会うことができた。


友達が「メガトンの社長の店で働いていて…野地さんの前のテーマ曲が好きでバンドで使って…サインを…」と紹介してくれた。



夢がかなった。



来る2.18には、DEEPで試合を行う野地竜太。相手は対戦相手が1R持ったことがないという強敵。頑張れ野地竜太!






(敬称略)

今回紹介するのは…





プロ野球観戦、応援、サイン収集、それぞれが好き
■杉浦亨 元外野手





ヤクルトファンなら、西武ファンなら、あの日本シリーズの名シーンをおぼえているはずだ。


巨人ファンの俺もおぼえている。あと一歩でリーグ優勝を逃した悔しさからか、テレビは見ていなくてニュースで知ったけど。



1992年日本シリーズ第1戦、杉浦亨、代打サヨナラ満塁本塁打。


日本シリーズが近づき、雑誌などが過去のシリーズの特集を始めると、必ずと言っていいほど出てくるシーンだ。


日本シリーズの放送中も、CMに入る前に過去の名シーンが流れることがある。西鉄の3連敗4連勝、巨人・土井の絶妙ホームスチール、阪急・上田監督の猛抗議、原辰徳の満塁本塁打、ON決戦。こういった歴史の中に、あの杉浦の本塁打は残っているのである。


神宮にヤクルトの選手のサインを貰いに行くようになったのは、杉浦があの本塁打で引退を撤回した年だったが、杉浦にもらう機会はなかった。急いでいたようで、ガムを噛みながらいつもの笑顔で球場に入っていった。


それから時はたち、ダイエー対阪神の日本シリーズの前だったろうか、雑誌でこれからと過去の日本シリーズを特集しており、あの時は今、のような記事で杉浦が取り上げられていた。当時(今も)ヤクルト本社の営業マン。つまりサラリーマンに転身していた。パチンコ屋などに営業をかける苦労が紹介されていた。


TTMの返信は、消印が自宅近くでなくヤクルト本社の近くの消印であった。突然サイン希望の手紙を送りつけてきた奴の希望を快く受け、営業マンとしてのカバンの中に返信用封筒を入れておき、出社時か営業回りの時に投函してくれたに違いない。


これからはパチンコ屋ではヤクルトのジュースを飲みまくるしかない! あまり見かけないが…



もう一つ。カードの右下には、スワローズ、だけでなくアトムズ、ともある。ということは入団は前身のアトムズだったのか。こんなことを知ったり、TTMの手紙で触れたりするのもカード収集やTTMの楽しみである。







(敬称略)



http://www.youtube.com/watch?v=ZceEclF6Q5s



今回紹介するのは…





プロ野球観戦、応援、サイン収集、それぞれが好き

■新浦寿夫 元投手





過去のブログの記事で、OBクラブの1977と1987を1パックずつ買ったらどちらからも新浦が出てきたという話を書いたが、その2枚とも直筆サイン入りになった。


紹介するのは巨人の方。



と言っても、俺は巨人時代の新浦を知らない。プロ野球をテレビで見始めた1981年に無敵だったテレビの中の巨人には新浦はいなかったのだ。


しかし、その頃古本で家にあった新巨人の星の1巻にはよく出ていた。長嶋巨人一年目の低迷に、失踪していた星飛雄馬は居酒屋のテレビを見てこっそり涙を流している。この低迷の象徴が、打たれまくる新浦の姿であったのだ。


このイメージのまま時はたち、6年後の1987年。我が巨人のお得意様・大洋の先発投手に新浦という投手がよく出てきた。


ん?新浦? あの新浦か?



新聞屋がくれた名鑑を見てみると、あの新浦だったのである。巨人-三星(韓国)-大洋、とある。


漫画の中で(実際もそうだったようだが)打たれまくって星飛雄馬の涙を誘っていたあの新浦が、大洋のエースとなって帰ってきたのである。


新浦は漫画の中のようにバカスカ打たれなかった。王巨人とファンを本当に悩ませた。87年は優勝したものの、翌88年には優勝を逃した巨人。シーズン中の大洋戦で、解説の堀内恒夫は「(巨人は)新浦一人にやられてます」とバッサリ。


88年の名鑑の新浦の欄には、思い出の記録として、「昨年5月10日の巨人戦(横浜)で古巣相手に5安打の完封勝利。桑田に投げ勝つ」とある。


そんな投手だったのだ。


しかし成績は11勝12敗の負け越し、防御率も4点台だったのは意外。小林繁のように、やはり古巣相手には燃えるものなのだろうか。






(敬称略)