今回紹介するのは…













プロ野球観戦、応援、サイン収集、それぞれが好き

池谷公二郎 元投手 コーチ






















広島の投手といえば?






の問いには、北別府、川口、大野、津田、と答える世代である俺は、池谷の現役時代を知らない。




あの江夏の21球の時、ブルペンで準備したという話を聞いたことがあるぐらい。




あとは顔が恐いということだろうか。








実際に見たのは巨人コーチ時代であった。






さて突然だが、周りにジャイアンツ球場に行ったことのある人がいたら、「優しい人ランキング」を聞いてみてもらいたい。




時代にもよるが、90年代後半~2005年ぐらいまでであったら、川相昌弘とともに、この池谷の名前が上位に挙がるはずだ。




一人づつ、ファンを見ながら、「はいっ、」と大きく頷き、丁寧にしてくれる。のちに東京ドームのモルツ球団の試合の入り待ちでもらった時も、全く変わらない優しさだった。




ちなみにこのサインは、このモルツ球団の試合の時にもらったのではない。このカードは試合が終わってから発売されるので、試合の日に持っているわけがない。たしかたまたま持っていた巨人の冊子の表紙に貰った記憶がある。庄司智久にも同じ冊子にもらった。松本匡史にも。だんだん思い出してくるなぁ。




さて、最近モルツ球団の池谷のカードを入手したものの、現在は12球団に所属していない。そこでTTMをしてみた。住所さえ合っていれば、必ず返信をくれるはずだ。




すぐに来た。池谷公二郎はファンを決して裏切らないのだ。







(敬称略)



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プロ野球観戦、応援、サイン収集、それぞれが好き

■宮崎和彰 元外野手・内野手




TTMではなくインパーソン。





サインを貰う時、「前の背番号を入れてください」等のお願いをしているファンを見ることがある。俺は一切そういうお願いをしない。というかできない。


もちろん、前の背番号のカードに現背番号のカードのサインでは違和感があるかもしれない。でも、「サインお願いします」と言われてしてくれたサインこそが、本当のサインのように思うからだ。



ジャイアンツ球場で石毛博史に貰った時のこと。94年巨人優勝特集号の雑誌の石毛のページを差し出した。石毛はこのシーズンから8時半の男・宮田征典にあやかり24に変わっていた。「59でください」と、俺は言えない。


すると・・・



背番号24の石毛は、自ら写真と同じ前背番号の59を書いてくれたのである。


それから3年。




2000年入団の宮崎和彰という選手を注目するも、数年で西武へ。その西武の宮崎に巨人時代のカードを差し出した。すると、自ら60と書いてくれたのである。


前所属のカードには断っていた選手(石井浩郎、西山秀二…)や前背番号のカードには背番号を記入しない選手もいる。さまざまな主義があって当然。でも宮崎と石毛はしてくれた。なんだか嬉しかった。




俺は本当は、「チーム名入れてください」とか「前の背番号を入れてください」って、言いたいのかもしれない。







(敬称略)


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■川又米利 元外野手





この川又には、俺でなく友達の体験ではあるが、興味深いエピソードがある。


昔、中日と近鉄の宿舎が近くでよく貰いに行ったという話を梨田昌孝の欄で書いたが、この頃の俺は野球だけでなくサッカー、プロレス、大相撲も観戦のほかサインを貰いに行っていた。


サインをもらう場所には大体顔見知りがいた。相撲の時、詳しい人がいてよく話を聞いた。



□□(力士)は優しくて絶対くれる。


△△はサインをしない。


○○は勝てばサインする。



などの情報である。



その中で、こんな情報を聞いた。栃天晃は、「栃天晃関サインお願いします」でなく、「サインお願いします」と行くと、必ず「俺が誰だか知ってるのか?」と聞いてきて、答えられないとサインしない、という情報。



後頭部をガツンとやられたような気がした。


当時20か21歳ぐらいの田舎者のガキだった俺は、みんながもらいに行けばその流れについて行ってもらっていた。名前のわからない人物もいたはずなのだ。


きちんと観戦し、その選手を知った上でサインを貰わないと失礼にあたる。



栃天晃の姿勢は、それを教えてくれたのだ。



さて、肝心の川又の話。


友達が中日に貰いに行った時、川又に、「俺が誰だか知ってるの?」と聞かれたいう。


「川又選手です」と答えると、ニコニコしながらしてくれたそうだ。


俺が川又に貰った時は聞かれなかった。聞かれても川又であることはわかっていたから失礼はなかったはず。



栃天晃のように毎回聞いているわけではないだろうが、川又と栃天晃は、サインを求めるファンに、ファンというものを教えてくれていたのだ。






(敬称略)