報恩感謝(イベント企画にのってみたPrt17) | うろんころんしてみる隊

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うろんころん・・・って何かって?九州弁でして、標準語に解釈するとウロウロと「散策している」「徘徊している」・・・どちらでしょうかね?
傍から見ると限りなく後者に近いわたくしの、人生の糧にもならないつぶやきを書き留めて行こうと思います。

今まで一番感謝していることは?

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あっという間に半世紀以上を以て今こうして生きている事を思えば、やはり一番に感謝すべきものはあまねく人々への、自然への、心のまま流転する運命への、それらひとつひとつへの感謝の念ではなかろうかと。
 
大袈裟なようだけれども、自分のように何とも頼りない・・正直に申せば、へっぽこな人間が何とか五体満足に呼吸をして何とか何とか生きていられるのも、自然の力はもとよりひとつひとつの事柄に人の支えがあったから。
 
目に見える人、否、目に見えぬ人であっても、誰かの持つ支える力が自身に巡って生きていられるのだから、これだけは絶対に忘れてはならないと思う。
 
運動や勉強がよく出来たわけでもなし、消極的で短絡的で人様に誇れるような自慢できる特技もたいして持ち合わせていないようなわたしでも、一応はこうして何かの役割を持って誰かの為に生きているのである。
 
たとえ一人でいても孤独は感じない。それは、今世にいる自分が誰かの持つ力によって生きていられるのだから。
 
水を得る食べ物を得るその礎、電気を得る社会生活を得るその礎、その端々にて誰かが困らないようにと目を掛け手を掛けされている小さな親切たち。
 
そして、頼りない小さな自分が命を落とすことなく何とかして成長していけるために目を掛け手を掛けしてくれていた人々たち。
 
命を繋いでくれた祖先たち、無事この世に産み育ててくれた親たち、引っ込み思案だった自分にも優しく頭を撫でてくれた園長先生の手、根拠もないけど「利口もんたい」と口にしてくれたお年寄りたち。
 
叱られることが多かったけれども、小さなことを褒めてくれた先生、乱暴な子も優しい子もその時を共に過ごしてきた学友も、やはり誰一人欠けては今の自分には育たなかったのだろうから。そこで学ぶための環境を整えてくれていた沢山の大人たち、道端で挨拶をすると「今帰りね」と声をかけてくれた地域の人たち。
 
自分が歩んできたみちの足跡には必ず誰かの手が添えてある。
 
社会を生きるために、勤労、社会奉仕、種々様々なかたちでお世話になる人たち。
 
頭を下げ、お互い様と・・・そこには時に愚痴も交じろうが、それらを許しながらお互いに協力をするのである。
 
離れていても、何だかんだと腐れ縁「ナントカイキトルバイ」と声をかけあう友たち。
 
互いに何だかんだと腐れ縁「モーナンデンヨカタイ、イキトケバヨカ」と大らかにわちゃわちゃしながら生活している家族たち。
 
どんなことがあっても、人との縁はそこにある。
ささやかでも助け合うその気持ち。
 
小さな力でも自分の出来ることを相手に差し出し、また小さな力でも相手から差し出される労わりに感謝をするやりとり。
押しつけでもなく損得でもなく・・ただお互いに誇り高き人生を送れるように支え合う為の力。
 
ありがとう、ありがとう。