漱石さん文学博士号を辞退するの巻(イベント企画にのってみた Prt14) | うろんころんしてみる隊

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うろんころん・・・って何かって?九州弁でして、標準語に解釈するとウロウロと「散策している」「徘徊している」・・・どちらでしょうかね?
傍から見ると限りなく後者に近いわたくしの、人生の糧にもならないつぶやきを書き留めて行こうと思います。

夏目漱石の作品読んだことある?

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いひゅうもんとは?・・・まあ変わった人ですたい。略して「HENZIN」・・・。
いえいえ、漱石さんは変人ではありません。確かに変わった方ではありましたが・・。
 
明治時代を代表する著名な作家を挙げると必ず出てくるのが漱石さん。本名は夏目金之助。いちいち説明をする必要はありませんな。彼の同級生も友人も慕ってきた弟子(とは単純にいえない)も有名どころの有名どころな方ばかりなので、これまた・・・説明が終わらんじゃろ。
 
もともとは、旧帝大(現東大)の英文科卒から院の研究科にあがり学校の英語教師となるのですが、御人あまり「センセー」には乗り気ではなかった様子。それでも友人の菅虎雄(金之助の保護者的存在)の斡旋にて愛媛の旧制松山中(現松山東高)に赴任した時の体験をもとにした「坊ちゃん」が生み出されたり、旧制五高(現熊本大)に赴任した際には金之助を慕って俳句の道にも目覚めた寺田寅彦がいたり、小泉八雲が旧帝大を解任になった際は後任講師として赴任するも学生達から大ブーイングを受けて頭を悩ませたり・・・。
ブーブーとやかましい学生たちにむかって、授業全て英語だけで行っていいかと聞いて学生を黙らせたというエピソードがあります。かなり厳しかったそうですが、慕う学生も多かったので教師には案外むいていたのでしょう。
 
英語以外ももちろん出来ました。また正岡子規が同期かつ友人(彼は退学しましたが)だったこともあり、俳句だの漢詩だのと「創作活動」にも多才な面を発揮しています。
ただし・・胃病持ちと神経衰弱という病の影響が一生ついてまわりました。教師の仕事、英吉利への留学と華々しい業績の合間も、常にこの神経衰弱が彼を苦しめ続けました。
そのような中で高浜虚子から気晴らしのようにして勧められて書いてみた処女作が「吾輩は猫である」なのです。虚子も「面白~い」と感じたのか雑誌「ホトトギス」に連載し、それらが好評をはくしたことで、金之助氏・・・教師(当時はエリート)の道を辞し小説家として生きていくことを決めます。その後も「倫敦塔」「坊ちゃん」といった代表作を発表。
そして朝日新聞に入社し、職業作家として「虞美人草」を執筆していきます。その後の作品は言わずもがな。「夏目漱石の前期三部作および後期三部作をあげよ」と試験ちっくに書いてみましたが、新聞連載ながらも多くの有名な小説を生み出していったのは確かでありましょう。
しかし、胃病(胃潰瘍)などの病に苦しみながら、「明暗」執筆の途中にて亡くなりました。享年50歳。
 
かなり(いや大部分を)端折って書いたのに・・・。漱石さんといえば「小説家」や「旧千円札の人」として有名ですが、小説家以外の部分もかなり濃い人です。
 
今日が漱石の日についても、文部省(当時)から文学博士号授与について通知がきたのを「いらぬ」と断った日に因んでいるそうですから・・・。
 
「吾輩は・・・」のような少々同人誌ちっくな内容からすると、職業小説の枠組みで書かれたその後の小説はまたそれぞれに違う一面を持っています。さわりの部分を読んでもその後の話しのイメージがつかないのですが、最後まで読むと一つの作品としてきれいに纏まっているところが面白い。女の艶めかしいような陰影が入るのに、何故か思ったようには満たされない。どうかしたら逆方向に進んでいく。それだのに人間の心の本質のような部分に連れて行かれる不思議。
 
さて、ヲタク気質のあるわたくしが漱石さんの中でも一番好きなのが「行人」
もちろん「こころ」も好きなんですがね、この作品ほど何度も読むことがない。「彼岸迄」「行人」「こころ」は後期三部作と言われていますが、この作品ほど突拍子もないところから始まり、突拍子もないところで終わる作品もないのではないかとも思います。
 
端的に纏めると、「主人公二郎は家族と旅行に行った先で兄である一郎から妻である直と一緒に一泊旅行に行ってくるように勧められる。図らずしも一晩をともにする二人であったが(何もなかった・・のだろう)兄の猜疑心に圧倒された二郎は兄に報告をすることなく日々を何となくやり過ごそうとした事から兄に叱責され関係を悪くしてしまう。両親を含め皆が一郎の(更に神経質となっていく)態度に疲弊し、とうとう一郎の友人であるHさんに一緒に旅行でもして気晴らしをしてやってくれないかと頼みこむ。はたしてHさんは二人旅に連れだち、最初に頼まれていた通り二郎に宛てて旅行中の一郎の様子を長い手紙にて寄こしてきたのだった」
 
これらの間にいくつかのエピソードを絡めて話が進んで行くのですが、二郎と直の奇妙なロマンスばかりに注目してしまうと、全く異なった後半の展開に悩まされることになります。
でも、わたしはこの後半の部分が興味深くて何度も何度も読んでしまうわけです。
 
端的にいえば、おじさん二人の映えないような旅行日記になるのですが、Hさんの語りによって進められるこの二人のやり取りの・・・何とも鋭い緊張感と何とも穏やかな愛と慈しみ感(情愛と書くと誤解されそうなので)に悶えるわけです(気味が悪いからやめなされ)。
いえ、この後半にあたるHさんの手紙の部分は一郎を通して漱石自身が求め続けていた人の生を行脚し苦悩する過程を慰めるようにして綴ってある事が読み解けます。
生死に影響する程の大病(修善寺の大患と言われている)をした後にかかれたこの作品には、漱石の内なる心の響く様が客観的かつドラマチックに書き綴られているのです。
一度読んだだけではわからない。何度も読むうちに見事なまでに散りばめられた言葉の伏線がHさんの手紙(塵労という章)にて回収されている。
 
この「行人」については、いつかこのブログにて悶えながら呟きたいと(気味が悪いからやめなされ)密かに目論んでおります。あ・・漱石さんの名誉の為に言っておくと、作品については何らいやらしさの欠片もありませんよ。
彼の作品について是非一冊をと言われると、何をさておいてでもこの「行人」を推します。(吾輩に出てきた「亡国の音」にも吹き出しましたが・・それはまた別問題)
 
 
真面目に漱石のことを考察するのはちょっと・・・という方には、香日ゆらさんが描かれた「先生と僕~夏目漱石を囲う人々~」という四コマ漫画が面白いですよ。
小説家夏目漱石ではない「夏目金之助」に焦点を当てた様々なエピソードを、当人や関わった人たちの残したエピソードをもとに描かれています。作者さんの「金之助愛」を強く感じさせる作品です。
 
さて、夏目金之助よりも長生きをしてしまった「吾輩」ではありますが、当時の古文体を抜け出して新たな文学の潮流を築きあげた彼等の努力の結晶を前に感銘を受け、紡ぎ出された言葉に思いを馳せながら、全くの自己満足に過ぎた駄文のようなこの呟きを相も変わらず続けていきたいと思っております。