見上げれば 天の王者の マントルか 積乱雲の 絢爛さ
洗濯物を取り入れて、東の空を眺めれば、天まで昇りつめる雲の先。王様のローブのようにそれを翻すと下々の雲を従えて更に東に進んでいく。西の空にも龍頭のように盛り上がる積乱雲。それと薄ら雲。あれま、また夜半には雨を降らせるかね?最近は朝の地面がよく濡れている。気紛れな空の加減は、なんとかと秋の空と言ってしまえば怒られようか?
広大な青い空を背景に、海からたちのぼる白い雲が、まるで水鳥の親子のように列をなす。
横一列の白雲は、薄群青の海の色と少し離れて天色の空をゆらゆらと泳ぐように漂える。
悉皆(しっかい)一列に連なった雲の膨らみが、時間と共に面白い表情を導き出す。
まるで大理石の彫刻のように、見事に顔立ちまで作り出している。なんだったかな・・ヘルメース像だったか。
そう見いだすと、そのように見えてしまう。風に漂い、翼の生えたサンダルを履いて、空の上を縦横無尽に往来しているのだろうかな。
昔から人はこうやって、空を見上げては星を繫げて神話を作ったり、雲の形をみて想像力を膨らませたのだろうか。
娯楽を見つける天才である子ども心は、空の雲を見ては想像力を広げていく。
あれは?
怪獣
あそこが頭・・・で・・あれが尻尾
じゃあ・・あれがサメ・・・でしっぽが食われた
子ども同士むきになって言い合いを始め出す頃には、その雲は崩れてまた別の雲が重なって、新しい形を作り出している。
むくむくと膨らんだかと思えば、さすがに秋の雲か、風に引かっかれて・・・いつのまにか引き雲に変わり、また違う「何か」が空に生まれている。
懐かしい記憶にぼうっとしているうちに、わたしのヘルメースは姿を消し、むくむくの羊たちが群がっていた。
中年がタオルを片手に雲を使った想像遊びが出来るのも、見渡す限りの海原と対岸を囲う山の上を飾る白い雲たちの群集劇のおかげかな。
ところで、この穏やかな有明海一帯を展望できるのは、世界有数の活火山である雲仙を背後に豊富な湧水が生み出す「炭酸水素塩泉」を持つ、島原温泉のホテルであります。
俳人河東碧梧桐氏が名付けたという「南風楼」さんは、日帰り入浴もできる為、この有明海の絶景を見ながら風呂とサウナが堪能できます。(天然湧水の水風呂もあるのですが、湧水のあまりの冷たさに夏でも腰までが限界でした・・・ヘタレ)
絶景の左手には、島原藩松平家を祭った神社や島原巡礼地(バチカン公式巡礼地)があったり、右手には、「島原大変」で眉山が崩壊して出来た九十九島(つくもしま)があります。
今時分、彼岸の大潮の時期は、口之津の出入口のほうへ向かって流れていく潮のいきおいがあります。わたしが行った時は干潮二時間前でしたが、あっという間に白波がたち引いていきました。カモメたちも干潟に降りて来ては餌をつっついていましたよ。
一旦雲仙に登ってからR57を伝って島原に降りてくるのは、この場所を確認するため。橋の下が深江町(現南島原市)を通る水無川。真ん中の橋の下に水色のショベルカーが写っていますが、その上部の先にあるのが所謂「定点」普賢岳の撮影ポイントとなったところですね。山々の間が黄緑に見えるところが土石流の流れた跡ですから、その威力とまた、自然が時間をかけて回復してきた年月を感じ取れるのではないかと思います。
(了)
