今生も 諸行無常と 移りゆく
縋り付くかな 捨ててゆくかな
Windowsのアップデートをしてから、少しばかり気分屋のようになっていた相棒(PC)でしたが、いつの間にやらパソコンのクラウドストレージまでが一杯になっていて、バックアップができていなかったデータも沢山あった様子。渋々ストレージを大きくしたり何ちゃかんちゃしていたら、お絵かきソフトに描き貯めていたはずのデータが見事に「Not Found」しておんなさった(;゚Д゚)あら~消えた?どこさんはってかしたとね?
辛うじて・・・イニシャルバックアップに、手前方に残したデータがちょこっとと、アプリ内にて何とか復元したら「こりゃいつのだ?」というところで(三年前くらい?)復元をしてくれた。一昨年も一部のデータが「Not Found」して描きなおしたのに・・・。
そりゃあ・・・趣味の範囲なので、人様にお見せするようなものでもなかったけれども・・せっせかと妄想を温めて描いていたものが消えるこの切なさ・・・カ・・カナシイ・・・。
嗚呼・・・いろはにほへとちりぬるを・・・諸行無常の響きあり・・・
さて、前回は島原温泉の話題を挙げましたが、雲仙の火山帯の事を調べていると、とても興味深いことが書いてありました。
その説明の為には、島原半島一帯の地形をみてもらわなければなりません。
画像は、ウィキよりお借りいたしました。
これは島原半島の地図で、胃袋のような形をしているのがわかります。左上に見える線のようなものが、かつて「ギロチン」と言われた「諌早湾干拓堤防道路」ですね。色が違うのは、左が淡水で右が海水だから。
半島の真ん中に位置するのが、「雲仙岳」で、茶色の部分が前回の噴火にて盛り上がった「平成新山」です。右回りから一番下につくところまでが「有明海」となり、島原市は時計でいうと大体三時の針当たり。七時の針あたりが、口之津(南島原市)となります。有明海へのボトルネックなのか、潮の流れがものすごくよく見えます。先端にある「瀬詰崎(せづめさき)灯台」から見る風景がこちら
横筋に流れるのが有明海に出入りする「海流」!川の流れのようにわかりやすい。向こう岸に見えるのが天草なので、この狭い部分を通って、四県に渡る広大な海を循環して戻って来る。
そしてこの、ボトルネックから左手、つの字状に囲まれた湾が今日の主役「橘湾」です。
島原半島から長崎市の先端までの一帯がそのように呼ばれます(細かく云えば、南側には天草灘や早崎瀬戸が面していますが)。
「橘湾(たちばなわん)」はもともとは「千々石湾(ちぢわわん)」と呼ばれていましたが、明治の軍人「橘周太中佐」にちなみ、橘湾とよばれるようになりました。
この橘湾、地底のマグマが噴出した際に陥没して出来たものなのです。「千々石カルデラ」と言われ、海底が比較的均一(水深40メートルぐらい)で、尚且つ、千々石断層や、別府ー島原地溝と天草灘地溝の会合点となっており、この橘湾一帯が、「マグマだまり」となっているそうなのです。これが証明できたのも、太田教授(わかる方にはわかるか知らん?)のおかげです。
普賢岳の噴火が停止したのちは、震源地がこの橘湾一帯に収まっているので、小規模ではありますが、年に数回地震が起きています(先月震度1がありました・・七月騒動の際に起きた震度4の震源地は南西部で少しだけ離れています)。
因みに、天草灘地溝は沖縄トラフと繋がっており、別府ー島原地溝は、別府湾から九重や阿蘇を通っていますので、この辺りの火山活動について地球規模で見れば、それぞれが兄弟のようなものなのかも知れませんね。そういった意味では、この一帯は地震や火山活動において自然災害を受ける事がありますが、但しその熱量がもたらすものがまた、温泉の豊富さに繋がっているのであります。
この橘湾のマグマだまりが「雲仙温泉」「小浜温泉」「島原温泉」といった長崎有数の温泉の熱源となっているのですから。「普賢岳」の熱源も同じく。
「小浜温泉」に至っては、源泉温度105℃!放熱量は日本一!
橘湾そのものは、外海側に向いていますが比較的穏やかな海でして、晴れた日はまさに瑠璃色の海に、陽光が錦糸のように煌めいています。アップダウンのあるR251から見晴らすこの湾一帯が
カルデラだと考えると、地球のエネルギーの偉大さに胸がすく思いがし、ちょっとした地面の上にも湿布のようにコンクリートを貼りつけてはうちの土地だなんやらと線引きをしてちまちま生きている自分たちの滑稽さを可笑しくも思ってみたり、生きる者は変わっても、千代に八千代にこの風景が変わらないことを願ってみたりするわけなのです。

