夕べ、生駒の友達(夫の中学校時代の友達)から、「急ですが、明日なら空いています、都合どうですか?」とメールが入りました。

 

明日は夫の友達とランチすることになっていたのですが、4日ほど前に一緒にランチしたばかりでしたので、次に彼の休みの日に一緒にランチすることにして、生駒の友達の家に行きました。

 

旦那さんは、大病をされて、昨年末には、お医者さんに「覚悟はしておいてください。」と言われたそうで、年を越せるかとても心配されたそうでので

 

奥さんの方は、足に血が溜まりそれを注射器で抜いていたのですが、2週間ほど前に内視鏡で原因を調べ、小さな動脈からの出血だったので、それを切断されるため、2,3日入院されて家に戻られたようでした。

 

毎日、医者に行ったり夫婦両方リハビリしたりで、なかなか家でゆっくりできる日がないそうで、なかなか会えませんでした。

 

友達は、外国生活が長く、日本でも旅行はほとんどしていないということで、一緒にいろんなところに旅行しました。

 

元気な時は上高地の帝国ホテルで2泊で旅行したり長崎のハウステンボスや、山梨の景雲閣(日本で一番古い旅館で御もてなしがすごかった)や北海道の知床の船に乗ったり、長野の花火大会に行ったりといろんな思い出があります。

 

だから、羽曳野の友達には悪かったのですが、事情を説明して、生駒の友達と会うことにしました。

 

会ってよかったです。旦那さんも、とても元気でしたし、奥さんも、もう松葉杖なしで歩いておられました。

 

家の中にはエレベーターがあるので、階段はつらいのでエレベーターを使われていました。

 

私も夫もこの友達夫婦とはなんでも本音で話せるので、積もる話がいっぱいでした。

 

旦那さんが元気な時に「外国は仕事でいろんな国に行っているから、外国案内するよ。」って言ってくれていたのですが、今は病気で声帯をとってしまっているので、声が出なく筆談しかできません。

 

それでも。私たちの話をにこにこしながら聞いて筆談してくれます。

 

わが家から、車で1時間程で行けます。高速は混んでいなくてスイスイでしたのでよかったです。

 

驚いたことは、トンネルの中で、スピード違反の車がつかまっていたこと、待機場所に止められいました。

 

そのことを友達夫婦に話すと、それはよくあることなんだって。びっくり。

 

ランチを用意してくれていたので4時間程、いろいろお話をして帰ってきました。

 

楽しいひと時でした。2人とも、お元気だったのが嬉しかったです。

 

友達はいいね。

       

 バラの花が咲きだしました。バーベラも咲きだしましたがピンクの花はまだ咲きません。

 

今日は、朝10時に友達が来られました。

 

その方のご近所に、農家をしておられる方がいてエンドウ豆を作って売っているそうで、その方にえんどう豆をもらって豆ごはんを作ったそうです。

 

でも、我が家の豆で豆ごはんを作ったのと比べたら味が違うそうです。

 

わが家のは粒が大きくて甘いんだそうです。種類なのかな?

 

そんなこと言ってもらったら、嬉しくてまたどっさり差し上げました、

 

大根のお漬物を食べてもらったり、筍のステーキを作って食べてもらいました。

 

彼女はとても感動して、作り方もメモして帰られました。

 

午後からは、新檜尾台の喫茶「結」へ。

 

夫の友達がピアノの弾き語りをしているので聴きに行きました。

 

野山を駆け巡るのが大好きな彼は、スカンポ(いたどり)の煮ものをどっさり作ってきていて、みんなに配ってくれました。

 

沢山の人だったから大変だったと思います。家に帰ってから、畑に花や豆を採りに行きました。

 

腰を下ろして採らないといけないので、とても疲れました。

 

今までも,もうどっさりとりましたが、まだもう少しあります。作るのは簡単ですが、収穫がとても疲れます。家で食べるのは少なく、ほとんどみんなに食べてもらっています。

 

買うとなると結構な値段だし、こんな新鮮なものは買えません。

 

「おいしかったよ、ありがとう。」といってもらうと一番うれしいです。

 

家に帰ってから、すぐ夕ご飯の用意、なすびのステーキ、鶏肉の味噌マヨカツ、湯豆腐、うまい菜のお浸し、サラダなど。

 

夫がお風呂に入っている間に急いで作りました。

 

ああ、今日も一日疲れました。

今日は次男の誕生日で、昨日のうちに息子の通帳にお祝い金を振り込みました。

 

息子達は、高校までは一緒に暮らしたけれど、それからはそれぞれ家を離れた大学に行きました。

 

その頃から誕生日には、私と夫で各1万円ずつ誕生日に送るようにしましたが、母が「私も入れてよ。」と言ったので、もう何年もおばあちゃんがなくなるまで、息子たちの誕生日には、3万ずつお祝い金を送っていました。

 

この前、次男が京都に仕事で来た時、久しぶりに家に寄りました。

 

会社は、IT関係だからお陰様で、コロナに関係なく頑張っているようで安心しました。

 

色々話を聞いて、夫が「じゃ、もう誕生日祝いのお金入らないね。」って言いました。

 

息子は、ニコッと笑っただけでしたが、私は「どれだけ収入があろうとそれはお祝いのしるしだから、するよ。そのお金で美味しいもの食べるのもいいよ。」って言いました。

 

本当はお金よりも品物の方がいいと思うし、一緒に食事会するのもいいけれど、息子達の欲しいものはわかりません。それに、離れていたら食事会もできません。残念です。

 

おばあちゃんが亡くなってからは2万だと思っていたら、夫は3万円送っていたそうで、どうしたことか、去年は10万も送ってあげたそうです。びっくり。今まで知らなかったわ。

 

母の日には、高価な山形のサクランボを送ってくれたけれど、、、、。

 

今日は、お赤飯をたいて夫とお祝いをしました。