今日、新宿に出かけたらデモを見かけた。
そもそも彼らで千駄ヶ谷のホームが溢れかえってしまい、
電車が遅延していたため個人的には迷惑にしか思っていなかったが、
やはりというべきか、デモをしている人としてない人の温度差が激しい。
デモは非日常であり自分とは関係無い世界と決め込んでいる。
デモ隊の主張は哀しく空に消えていく。

そもそも日本でのデモが一番激しかったのは
恐らく学生運動が盛んだった頃、全共闘運動の頃だろう。
安保闘争かもしれないがまあどちらでもよい。

彼らの大部分は本当に日本をよくしようと思い、
それをデモという行動で示したのだろう。
残念ながらその後衰退を辿っていくわけだが、
ここで大事なのは今のこの日本は
この運動をしていたであろう団塊の世代の方々が
作ってきたのではないだろうか?

団塊の世代に全ての責任があると言いたいわけではない。
しかし学生当時彼らが闘ったであろう権力等々に
今自分達がその立場に立ってみてどう感じているのだろうか。
今の学生達は主張が足りない?

むしろ問い返したい。
今の日本は自分達が学生時代に思い描き作りたかった日本なのか?

結論を言う。
デモを繰り返しても世界を変えることはできない。


デモ隊は比較的高齢層の方々が多かったように思う。
彼らはどこまで感情だけでなく論理で動いているのだろうか。
感情をぶつけていれば世界がよくなる。
こんな簡単で済めば楽なんだろうが。

今こそ大切なのは「あるべき姿」の合意を日本国内で取り、
それに向かって邁進していくことだ。
原発を無くすのであれば、代替エネルギーをどうすべきか、
日本は今後どのような姿を描くべきなのか、
具体的な方策が求められるのだが誰もそれを描くことができていない。

エネルギー政策の転換を、という主張を見かけたが
転換先がない現実とどう向き合うべきか。
それは私には正直分からない。


最後にデモで世界を変えられる可能性がないわけではない。
それは暴力と繋がった時、変革を起こせる可能性がある。
クーデターという奴だ。
それをよしとは思わないが。。。
ヘタな自己啓発のようなタイトルなので食わず嫌いしていたが、
想像よりもはるかに良本でオススメしたい。

長谷部という選手は今でこそ日本代表に欠かせない存在だが、
決して常に先頭を走り続けてきたというわけではない。

もちろん素質や才能はあるのは間違いない。
しかしそれ以上に努力や我慢や謙虚を持ち続けてきたからこそ、
今の一まで登ってくることができたということが本書を読むとよくわかる。

芯の強さと柔軟さ。
ある意味矛盾するその2つを兼ね備えることができれば、
どの世界においても成功することができるのではと思う。

それにしても長谷部の読書量はかなりのように思える。
一見するとサッカーと関係ないような本でも
それが糧になることがあるのだろう。

心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣/長谷部誠

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日本語の乱れが指摘されて久しい。
「あげぽよ~」
なんて聞くと苦笑いしかできないが、
よくよく思いだしてみると20年以上前の、
ののりピー語もたいして違わないと思う。
流行り廃りと言っていいものなのだろうか。

しかしながら「正しい日本語を!」
という主張にはつっかかりたくなってしまう。

「正しい日本語」って何よ?
その定義すら曖昧なものを声高に主張されても
はぁとしか言えない。

間違っていると言われている数々の誤用も
高々数十年前には「正しかった」だけだろう。

その数十年前に「正しかった」ことも、
さらに遡れば誤用であることなんてざらにあるだろう。

あるニュースでアナウンサーがコメンテーターに
「幕を切って落とす」「火蓋を切る」
の使い分けに拘りがあるんですよね?と聞いていた。

そもそも「拘る」に肯定的な意味合いはない。
ダブルスタンダードもいいところだ。

「正しい日本語に拘る」馬鹿は相手にしないに限る。
自分が好きなものを否定されるともの凄い不快感に襲われる。
でも逆に自分は平気で他人の好きなものを否定したりする。

気をつけているつもりでも、すぐに忘れてやってしまうのがこの癖の扱いの難しいところ。

だから何かを否定することを辞めるのがいいのかもしれない。
好き嫌いは仕方がない。
これは感性の問題。
でも否定はちょっと違う気がする。

なんだかうまく言い表せないのでもやもやするなぁ。
先輩とちょっと言い争いになった。

お客様の「Aはできるか?」という質問に関し、
私と営業さんは「できない」と回答したからだ。

本当は費用増にはなるができる。

先輩は「できるか?」と聞かれた以上、
「費用増だができる」と回答すべきと主張した。

だが私はそれは間違っていると思う。
古典ではあるが「ドリルが欲しい」という顧客は、
本当は「ドリル」そのものじゃなくて「穴」が欲しいのだ。

本当に必要なことに対し最適な回を出す。
それがソリューションというものだ。
聞かれたことにそのまま回答すればよいものではない。

「Aができるか?」聞いた意図は別にある。
その意図を汲み取って最適な解を出す。
それが付加価値となりひいては売上に繋がる。

私も営業も単に「できない」と答えた訳ではない。
代替策(というより最良と思われる選択肢)を別に提示した。
お客様の質問の意図に含まれていた「今年中に終わらせたい」という
本当の意図を汲み取りつつ費用増がないためご納得いだたいた。
費用増の分の見積もりをするなどの無駄な稼働もかからなかった。
無駄な稼働は必ず最後にはお客様に転嫁せざるを得ない。
無駄なプロセスは排除すべきなのだ。