ここで挙げる例が、どの人にも当てはまるわけではないので、実際に患われている方も、自分が今そうではないのか、とか、自分もそうなるのではないのか、と心配なさらないようにしてください。

 

 

それを前提で。

 

 

前の記事でも触れたように、緩和ケアにおいては(もちろんそればかりではなく医療全般においても)アセスメントは極めて重要で、専門家の力はそこにあります。

 

 

アセスメントも経験や知識で磨かれますし、時代による諸進歩がアセスメント力を向上させることもあります。

 

 

今から10年前、ホスピスに勤務していた時のこと。

 

 

60代の女性が乳がんで入院していらっしゃいました。

 

 

途中までは、普通に周囲と快活にお話しされていましたが、ある時からめっきり口数も減り、硬い表情となりました。

 

 

がんの患者さんはしばしばうつになることが知られています。

 

 

進行がんで炎症性サイトカイン血症が起きると、うつに類似した状態あるいはうつになりやすくなります。

 

 

その患者さんも当初うつが疑われ、抗うつ薬による加療が行われましたが、良くなる気配はありませんでした。

 

 

うつ病ではない。しかし精神活動は乏しく、ひねもすぼーっとした感じです。

 

 

医療用麻薬もそれほどの量を用いていません。

 

 

皆さん、この病態は何だと思いますか?

 

 

10年前という昔。必要以上に検査をしないというホスピスの環境。そこでは結論が出ませんでした。

 

 

しかしこのような病態がしばしば、高度進行がんの患者さん、とりわけ乳がんや肺がんの患者さんに起こります。

 

 

10年が経過した今ならば、鑑別疾患がすぐにもう一つ浮かびます。

 

 

その患者さんが急に人が変わったようになった、その原因は・・・・・・

 

 

 

 

 

がん性髄膜炎です。

 

 

がん性髄膜炎

 

 

「腫瘍細胞が脳脊髄液を介して脳表やくも膜下腔、さらに脳室内や脳槽内に進展・浸潤した病態」です。

 

 

このがん性髄膜炎は、上のリンクにもあるように、多彩な精神・神経症状を示します。

 

 

高度に進行すると、精神活動が低下して、件の患者さんのような状態となってしまうことがあります。

 

 

実際にこの数年、類似する経過をたどった患者さんが複数いて、検査の結果そう診断することができました。

 

 

対処できる場合もあるので、頭部造影MRIや髄液検査などで診断をつける必要があります。

 

 

逆に、それと疑わないといつまでもわからず、周囲は当惑を強いられます。

 

 

ただ先述したように、緩和ケアを専門としない一般的医療者の思っているよりも、がんの患者さんのうつは多いですから、

 

 

「急に様子が変わった」というような場合は、血液検査や頭部の画像検査をしっかり行った上で、異常がなければ専門家(精神腫瘍医や精神科医など)にコンサルトすることが重要です。がん性髄膜炎よりも先に、疑うべき病態があります。その中にはもちろんうつ病も含まれます。

 

 

このように専門家は、常に病態を把握し、それに対して最も有効な方法で働きかけるように意を尽くしています。