明けて11月7日。やはり40分寝て目が覚める夜を過ごし朝になる。

少しだけ、ほんの少しだけ痛みは治まっているが寝起きの噴水ゲロ

は、スッカリ恒例行事になっている。そして食えず、水だけ飲んで、

エビのように丸くなって「ムギュムギュ」と唸る一日に変化はない。




午後になり、ふと考えた。「確かに痛みは治まってきた。このままの

状態でもあと2、3日寝てれば快復するだろう。しかし、万が一という

こともあるし、オレがこんな状態だということを誰かに伝えておいた方

が良いのではないか? それに今のオレって誰かに助けを求めんと

アカン状態ではないのか?」と。まあ甘えてるのかも知れんが、相談

する相手もいないので、現状を客観的に次に見て取るべきアクション

はどうしたらいいのかが判らんようになっていたのだ。プチパニック

やね。で、兄に電話。「ちょっとヤバイねん」としか説明できなかった。

それでも仕事終わりに来てくれ、兄の指示で着替えと保険証と洗面

用具などをカバンに詰め、そのまま10キロ離れた兄夫婦の家に収容

してもらった。どんな会話をその時したかは記憶にないが、久しぶりに

人と喋って安心したことは覚えている。枕元にペットボトルの水を用意

してもらい、そのまま寝る。絶食3日目。足元フラフラ、飯も食えずだ。


枕が変わると眠れないなどとバカなことは言わない。エエ年コキ散ら

かしたオッサンが腹痛だといって兄弟の家庭に急にお邪魔している

のだ。おまけに、何がどうなろうと腹痛で満足な睡眠など取れない。

そして11月8日。朝一番で土曜に診察している兄宅付近の内科医

へ向かう。簡易血液検査と診察。検査の結果医師は「3日も絶食して

て血糖値が300もあるっちゅうのはどういうことだ? それだけ腹が

痛いというのは腹膜炎から心筋梗塞まで、いろんな症状が考えられ

早急に総合病院でキッチリした血液検査を受けろ。こんな町医者

では検査も充分にできんし、何が何やらここでは判らん」と言われる。




自分で判らんことが医学的にも判らんということが判って、判らんの

二乗になった感もあるが、今後のアクションの目処はたった。まずは

休息だ。幸い痛みは昨日より小さい。身内の家なので失礼なことを

しない限り、少々ならムリも聴いてもらえるだろう。と謙虚な心がけ

とは裏腹にリビング中央の座椅子にふんぞり返って、一日マンガを

読み散らかすことにした。しかし何だろう、5年ほど顔も見ていない

兄夫婦に、腹が痛いから何とかしてくれといって迎えに来さして、

挙句の果てに居座るというのは・・・。


40分眠り、20分は痛みをこらえながらまどろむ。それを数時間繰り

返すと夜が明けた。それで11月6日が始まった。腰を曲げてヨタヨタ

と洗面台に向かうと「ピヨ~ッ」っと噴水ゲロ。激痛。その場にしゃが

みこんで「ムギュギュギュギュ」などと苦しみを紛らわす呪文を唱え

るも、噴水の第2陣が「ドーッ」っと押し寄せ、合わせて1リットル

以上の排水。腰を曲げてしばらくその場に立ち尽くしてしまった。

その後は昨日と同じ一日が始まった。つまり時々水を飲む。腹は

触るだけでも痛い。食欲はまったくない。便はガスと一緒に水状の

ものがビッと飛び散るくらい、ということだ。


11月4日にいなり寿司を2コ食べたのを最後に自主的断食は2日目

に突入したことになるが、腹が減らないので苦にならない。苦には

ならないが断食も2日もになると、自分のことがやや心配にはなる。

この時点で医者に行くという考えはまだない。寝てりゃ治る、とアホ

が高をくくっていたのだ。うーん、オトコらしい~ってどこがやねん!



体の異変が思考にも影響を与えてる様を、文章で再現してみました。

などとバカなことを書いているが、この日から少しずつ現実感という

ものを失っていっていたような気がする。自分の体のあまりの異変に

現実逃避していたのかもしれない。初めての体験とはいえ、困った

ことである。



このように1日前から何の進展もないまま、その日は過ぎていった。



そして11月5日、強烈な腹痛に襲われた。「ムギュー」と唸りながら、

体を丸め、痛みを抱え込むようにして横になる。肝臓も腫れている

ようなので左側を下にしてコロンと転がる。そうして、痛みが少しでも

治まれば水を飲みに流しにすりよっていく。それを何回か繰り返し、

やや気を取り直し「歯くらい磨かなくちゃ」と洗面台に立つと、腹の中

ら今までに飲んだ水が一気に逆流してきた。1リットルくらいは充分

あっただろう。



呆然。



「何だこれは」と。明らかに二日酔いなどというレベルではない症状が

体の中で起こっている。未知のことが体の中で起こっている。今度は

「むむむむむ」と唸りながら、吐かないように少しだけ水を飲んで再び

カブトムシの幼虫の体勢で横たわり、腹のどこが痛いのかをユックリ

探ってみる。まずは鳩尾。肋骨に沿って鳩尾の左側。肝臓の上。この

3ヶ所をメインに腹全体が痛む。「なんだ、痛いところって膵臓じゃん」

と判りはするが、じゃあ膵臓が痛くなる原因とその影響と解決方法が

まったく判らない。腹は触るだけでも痛い。食欲はまったくない。時が

経っていく。便はガスと一緒に水状のものがビッと飛び散るくらい。

「消化器系内蔵の機能が止まっとるなあ」と思いつつ夜になる。何の

解決策も思いつかない。パソコンで膵臓を調べようという元気もない。



そのうち治まるだろう、と根拠のない楽観と激しい痛みを腹に抱えて

丸まったまま浅い眠りにつく。何しろそのときのオレは深呼吸や咳や

アクビや、とにかく腹式呼吸を強いられるものは一切勘弁願いたい、

という心境だったのだ。サックス奏者は腹式呼吸が命なのに・・・・・。



まずオレは高校生の頃からアルトサックスをかれこれ20年以上吹い

ている。で今のバンドは毎年1月か2月に大阪厚生年金会館で

行われるヤマハ主催の「夢限」というイベントに出場することになって

いる。1曲6分の演奏で他のバンドはエレクトーンの発表会という風情

なのだが、うちはホーンセクションをそろえバンド形式で派手に差別化

をはかっている。


その夢限が、今回は大阪城ホールで行われることになり、その他

諸般の事情もバンド内ではあり、今年はいやがうえにも盛り上がって

いたのだ。


1曲6分で出演料をむしられるとはいえ、ハコと仕掛けのでかさは

魅力である。今年も出ようぜってなわけで11月2日、大阪は

千里中央の千里セルシーで公開オーディションが行われた。

誰でも出れるわけではないのである。


オーディションは大成功! お客さんノリノリ! 今までで一番

手ごたえを感じたミラクルな演奏となり、一同ウルトラハッピーで、

オレは体調が悪いにも関わらず人一倍盛り上がり、人一倍打ちあがっ

たのだ。色々と思い入れがあったのは事実だがその度に浴びるほど

酒を飲んでりゃ、ただのバカである。事実大バカなのだが、このあたり

は究極のお調子者の本領発揮といったところだろう。

あるいは真のバカか。



飲み会というのは重なるときは重なるもので翌11月3日

個人的な宴会。痛飲させていただいた。このあたりで肉体は限界を

感じてオレに見切りをつけていたのだろう。そういえば別れた奥さんも

こうやって出ていったのだろう。そしてしっぺ返しは始まる。


11月4日は穏やかに過ぎて行った。二日酔いも何も、まだ酔ってる

感じでヘラヘラト無反省に過ごし、嵐の前に静けさそのままに何事も

無く、明日からのことなど気づかないまま、そっと一日を終えた。




42歳にして人生2度目の入院となった。

診断結果は急性膵炎、これは口から摂取するものは

たとえ水であっても一切まかりならん、という酷な病気である。


人間、食えなくなったら最後といわれるが、こんな病気にならずとも

入院一週間前からオレはまったくモノが食えなくなっていた。


そのあたりのいきさつを書いてみたい。