昨年末で、創業期から8年間働いてきた会社を円満に退職し、
次の新たな展開を進めていこうと、充電期間に入っています。
大変多くの方々にお世話になり、感謝の気持ちでいっぱいです。
今後は、コーチングやNLPなどコミュニケーションに関する分野を中心に
人が生き生きと働いていけることの支援を行っていきます。
ということで、一人でやっていくこともあり、
消息がわからなくならないように、思いついたこと、雑感など、日記のようなことを
あまり囚われずに綴っていきたいと思います。
今日は、尾関
くんのお店birth
で3周年のイベントがありました。
3年続けて発展して、たくさんの人が集まってすばらしい。
今彼は沖縄との架け橋を作って、大きな活動をしています。
一体感を感じる素晴らしいひと時でした。
誰かいるかな~、と不安で行ったんですが、なんと元アクシブの懐かしい面々がいっぱい。。
ヌマジ ヌッキー キシクン ヨネ アイミー キムキム オゼキくん トモタキ
この後、ヒラノくんやシュータローも加わっており、知る人ぞ知るとても
懐かしいアクシバーがこんなに勢揃いしてたとは思いも寄らず。。。
みんないろいろありつつも元気で良かった。
昔の思い出は美化されていくものですが、初期ベンチャーのあの時代は本当に面白かった。
今とは面白さの質が違いますが、混沌としていて何でもありで。。。
昔のメンバーと沖縄に、活き活きしたエネルギーをもらいました!
最近、評価に関してのマニュアルを作成しました。
組織が拡大してくると、文書が増えてきます。
チェックシートやらテキストやらマニュアルやら、、、「覚えること」がたくさん。
その分「考えること」が少なくなる。
正確に言うと、
覚えることに時間が使われ、時間がないから「考えること」が少なくなるのではなく、
覚えるものがあるので、それに依存してしまい、「考えなければならない機会」が減り、
考えることが少なくなる。
「覚えること」は、その大量の文書を見たとき、
「うぇ~。」
と思うが、多くの人が受験教育で実践してきているので意外と慣れている。
しかし、
「考えること」は、それが定着している人とそうでない人の差は激しい。
「だって知らないですもん。」
「だって聞いてないですもん。」
「だって教えてもらってないですもん。」
思考を停止させるワードが沢山でてくる。
これらの言葉が出てくる背景にあるパラダイムはこうだ。
答えは、先生(学校)や上司(企業)から「与えられるもの」であり、
正しい答えは、(こう聞かれたらこう答えるというように)「ひとつ」である。
というもの。
僕らができるのは、「考える機会の提供」。
マニュアルには、最低限の事実としての記載以外はこんなものが良いのだろうか?
●Q&A
Q:○○○と聞かれた場合どうすれば良いか?
A:当社の価値観に基づいて自分の言葉で状況に合わせ説明してください。
また、周囲の人と議論してみて下さい。