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サーバントコーチ 世古詞一オフィシャルブログ -個人と組織の変革のヒント

株式会社サーバントコーチ代表取締役 世古詞一のブログです。

NLPプラクティショナーコース1日目

今日から、全8回のNLPプラクティショナーコースがスタートしました。
10名以上の参加人数となりました。感謝です。


初日にも関わらず、とても安心できる場が出来上がりました。

NLPは「脳の取り扱い説明書」 とか 「卓越性の研究」など様々に言われてます。

今日は、主に「意識と無意識」についてのお話が多かったです。

皆さんは、毎日「意識的」に生きてますか?「無意識的」に生きてますか?




・・・・・私たちは、日々ほとんど無意識的に生きてますね。

例えば、歩くのをいちいち考えませんよね。歩き方、とか。
ご飯食べるのを、こっちの角度からフォークを出して・・・・とかやらないですよね。

つまりできるようになったことは、ほとんど無意識でやってます。

そして、無意識で行っている時、それはパターン化されています。

つまり、例で言えば歩くスピードは、あるパターン化された一定のスピードな訳です。

私たちはほとんどパターンで生きている、というのは言い過ぎでしょうか。

いずれにしても、このパターン化された行動。

これが、非常に機能する場合と、問題を引き起こす原因となる訳です。


続きは次回に。

$NLPトレーナーが語る 個人と組織の変革のヒント
しれ~っと、大分滞っていたblogを再開することにしてみる。

無理せず、気負わず、本来の目的であった自分の備忘録として。

最近、このblogのタイトルにもなっている「サーバントリーダーシップ」について、
改めて、考えている。そのネタもいろいろ書いていくことにしよう。

今日は、ガンジーの言葉から、「目的と手段」について考えてみることにしよう。

ガンジーは、私たちを破滅させる7つのものを説いた。

1.労働なき富
2.良心なき快楽
3.人格なき学識
4.道徳なきビジネス
5.人間性なき科学
6.献身なき信仰
7.理念なき政治


これらを見ていくとわかるのは、手段(プロセス)を間違えた目的達成(結果)であること。
間違ったやり方で達成されれば、素晴らしい目的でも結局破滅の道を進んでいくということです。


ドイツの哲学者カントは、目的を達成させるために使った手段は目的と同じ位重要、と言ってます。

会社で言うならば、ビジョン(目的・結果)と同じくらい、
それをどう達成するかの価値観やカルチャーは大事だと言うこと




一方で、「君主論」で名高いマキャベリは、「目的は手段を正当化する」と言ったことで有名です。
が、実際にはマキャベリは単純に「目的が手段を正当化する」とした訳ではなく、
「国家の危機に際して、君主は手段を選んではいけない」としたようです。

「危機」という状況は確かに考えさせられますね。

これを考えて思ったのは、24(Twenty Four)のジャックバウアー。
常に、目的が手段を正当化していた(拷問など)。確かに「超危機的な」状況でしたが。。

でも、やっぱり考えてみると、目的は達成されてるけどバウアーやそれを取り巻く人たちは
いつもいつも全く持って幸せな状況ではないなー、と。


目的志向が強い人は、ぜひ考えてみて欲しい。
そのやり方(手段・プロセス)が、自分以外の視点で見た時に妥当なのか。

怒鳴りつければ今月の数字は達成(目的達成)するかもしれない。
しかし、そのやり方(手段・プロセス)が間違っていれば、やがて破滅の道を進むのです。


今日は、NLPの勉強会 に参加させて頂き、新たな知識と気づきを得られました。


NLPを勉強されている方はお馴染みの、「タイムライン」というスキルを使って、


自分の過去を承認し、自分のリソースにのっとった目標・目的を発見する。


というワークを行いました。

 

ファシリテーターのTさんありがとうございました。

 

とてもわかりやすく、自分の中に変化も起きました。


 
ワークを行う前は、未来イメージとして、

 

「可能性、ワクワク、勢い、フットワーク、末広がり」


というようなものでしたが、ワーク後は


「着実、身近な人への感謝、しっかり、できることを確実に行う」


というようなものが勝手に口をついで出てきました。


 
あとは、主催者であるTさんから、キャリブレーション(観察)のヒントを頂きました。

 

ちなみに僕は、ある特定の質問の時には、左のお尻がキュッと上がるらしい。。

 

いろんな人の行動の「くせ」を観察することで、電車の中でも楽しくなりそうです。

 

そういえば、エニアグラムで言うとタイプ5で、内にこもりがちな僕は、

 

分析」するのではなく「観察」をすることが、健全度が上がっていく一つの考えになってます。


 

「分析」は自分の内的世界。

 

「観察」は外の世界を向いている。

 

内的な広大な自由の世界にいるということは、今まさにそこにいないということ。

 

心ここにあらず。

 

じっくりと周囲を観察し、人の表情や、色の変化や、聞こえてくる音や、自分の違和感に気づく。

 

 
帰りの電車は、特別面白いことがあったわけではなかったけど、

 

思い出せることがたくさんあることに、今、気がついた。