何を否定しようとしているのかすら、もう分からない。
閉じた瞼の裏側に、嫌でも彼女の姿が焼き付いて離れない。
脳裏に浮かぶのは、また彼女だった。
笑った顔。
やわらかな声。
隣を歩いた時間。
何気なく触れた指先のぬくもり。
「……っ」
思わず、口元に手を当てる。
(……全部、セツナさんだ)
呼吸がうまく整わない。
何度否定しようとしても、浮かぶ顔は変わらない。
暖炉の前。
街のイルミネーション。
メッセージの通知音。
思い返すたび、そこに彼女がいる。
(……違う)
そう思った。
だが、何が違うのか分からない。
(僕は――)
そこで思考が止まる。
いや。
止まったのではない。
もう、逃げ場がなくなったのだ。
曖昧だったものに、名前が与えられてしまった。
観測してしまった。
確定してしまった。
波のように揺れていた感情が、ひとつの形を持つ。
鮮明に。
どうしようもなく。
(――僕は、セツナさんが――)
その先を、口にすることはできなかった。
だが、もう分かっている。
名前を思い浮かべるだけで、胸が締めつけられる。
会いたいと思う。
声が聞きたいと思う。
また、この時間を一緒に過ごしたいと思う。
それが何なのか、もう知らないふりはできなかった。
(第206話に続く)