セイはキッチンに立つと、いつもと同じように野菜を洗い、包丁を握る。
規則正しく刻む音が、静かな室内に響く。
その手が、ふと止まった。
なぜだろう。
その静けさが、部屋の温度を少しだけ下げたような気がした。
だが気のせいだと意識を切り替え、再び包丁を動かす。
火を入れる音。
立ちのぼる湯気。
油の弾ける小さな音。
それらが自然と意識を今へ引き戻してくれる。
ルカの分の野菜を切り分けていると、不意にセツナがルカの食事を用意していた姿が脳裏をよぎった。
けれど、その思考を深追いすることなく、手際よく鍋をかき混ぜる。
野菜が跳ね、やわらかな香りが広がった。
その匂いに、わずかに安堵している自分に気づく。
足元で、ルカが小さく鼻を鳴らした。
視線を落とすと、まだ少し眠たげな目でこちらを見上げている。
「もうすぐだよ」
そう声をかけると、ルカはぴくりと耳を揺らした。
その存在だけで、不思議と静けさがやわらぐ。
セイはルカの器を床に置いた。
ルカは迷いなく駆け寄り、顔をうずめる。
(第183話に続く)