朝、目を覚ますと、窓の外にはやわらかな朝の光が広がっていた。
家の中はまだ静かで、どこか眠気を残したような空気が漂っている。
セイはルカを起こさないよう静かにベッドを抜け出すと、顔を洗い、着替えを済ませ、そのまま庭へ向かった。
吐く息は白く、朝の空気は少し冷たい。
しゃがみ込み、まずはプチトマトへ視線を向ける。
小さな葉は、寒さにも負けず、昨日よりほんの少しだけ伸びているように見えた。
「……順調だな」
誰に言うでもなく、小さく呟く。
そのあと、すぐ隣の『幸せの種』へ視線を落とした。
見た目には、何も変わっていない。
それでも、セイは不思議と、そこに“何か”が確かに在るような気がしていた。
まだ芽吹いてはいない。
けれど、土の下には確かに可能性が眠っている。
目には見えなくても、そこにあるもの。
セイは、その静かな気配を確かめるように、そっと土へ触れた。
冷たい土の感触。
だが、その奥に、小さな期待が静かに積み重なっていく。
庭をひと通り見回したあと、セイは家の中へ戻り、朝食の準備を始めた。
キッチンへ立つと、足元ではルカが期待したように見上げてくる。
ぱたぱたと揺れる小さな尻尾。
「ルカ、ご飯、何食べたい?」
「ニンジン!」
元気いっぱいの返事に、セイの口元がわずかに緩む。
「はいはい。でも他の野菜も少し食べようね」
そう言いながら、パンをトースターへ入れ、フライパンに火をつける。
じゅう、と卵の焼ける音が静かな朝のキッチンに広がった。
野菜を洗い、サラダ用に切り分け、ハムを皿へ並べていく。
慣れた動きには無駄がなく、朝の支度は静かに進んでいった。
すると、廊下の向こうから足音が近づいてくる。
「おはよう」
少し眠たそうな声と一緒に、セツナがキッチンへ顔を覗かせた。
まだ寝起きらしい柔らかな表情に、セイは自然と視線を向ける。
「おはようございます、セツナさん。よく眠れましたか?これから朝食を作りますので、先に支度をしてきてください」
「ありがと。それじゃ少し時間もらって支度してくるね」
セツナはふわりと笑うと、そのまま軽い足取りで部屋へ戻っていく。
廊下の向こうで髪をまとめる気配がして、セイはフライパンへ視線を戻した。
焼きたてのパンの香りが、ゆっくりと部屋に広がっていく。
静かな朝。
誰かがいる気配。
食事の音。
穏やかに流れる時間。
そのすべてが、不思議なくらい自然に、この場所へ馴染んでいた。
胸の奥が、静かに温かい。
セイはその感覚を深く追わないまま、目玉焼きを皿へ盛りつけた。
(第155話に続く)