目の前で鼻をぴくぴくと動かす小さな生き物を、セイは吸い込まれるような心地で見つめていた。
すると、セイの横顔を優しく見守っていたセツナが、ふと思い立ったようにこう言った。
「ねえ、この子に名前、つけてあげない?」
セツナの提案に、セイは少し考え込み、連想を巡らせる。
「……月の光のように、静かで落ち着いた存在。ラテン語で“光”を意味する名前……」
セイは小さく息を吐き、うさぎを見つめた。
「セツナさんさえよければ、この子の名前は――ルカにします」
「うん、ぴったりだね。セイらしい名前だよ」
そう微笑みながらセツナが言う。
そして、うさぎを見ながら、
「それでは、ルカ。セイをよろしくお願いね」
と口にした。
すると、うさぎ――ルカが口を開く。
「うん。セツナちゃん、まかせて」
「わっ……今、ちゃんと喋った!」
セツナは目を丸くし、すぐに表情を緩めた。
「可愛いね。ちゃんと会話できてる。」
「はい。どうやら、僕たちの名前も、すでに覚えてくれたようです」
「ねえ、セイ。せっかくだからもう1度ちゃんと話しかけてみて」
セイは少しだけ間を置き、改めてルカに向き直った。
「……ルカ。これから、よろしくお願いします」
「うん。セイくん、これからよろしくね」
「ふふ。セイってば、ルカに対しても敬語なんだ」
「……あ。そうですね。つい、癖で」
セイはわずかに視線を落とした。
その様子がどこか微笑ましくて、セツナはルカにこう言う。
「ルカ。セイはね、意外と寂しがりやだから、これから、ちゃんと相手してあげてね」
「うん。セイくんのことは、ルカにまかせて」
「ふふ……ほんと、可愛いな」
そう言いながら、セツナはそっとルカの背を撫でる。
「セツナさんに撫でられて……ルカも、気持ちよさそうですね」
「うん。なんだか、私まで嬉しくなる」
「セイも、撫でてみたら?」
「えっ……僕も、ですか?」
「そうだよ。これからは、毎日一緒なんだから」
「……はい。そうですね」
少し緊張した手つきで、セイはルカに触れる。
ふわりとした温もりが、指先に伝わった。
「ふぁ……セイくん。気持ちよくて、ルカ……うっとり」
「そ、そうですか……それなら、よかったです」
そのやり取りを眺めながら、セツナは満足そうに微笑んだ。
「うん。これなら安心だね。じゃあ、私はそろそろ戻るよ」
「はい。今日は、遅くまでありがとうございました」
別れの時間はいつもより少し早く、そして静かにやってきた。
(第98話に続く)