インターホンが鳴り、モニターにセツナの姿が映る。
――来た。
ドアを開けると、彼女がそこに立っていた。
「セツナさん、いらっしゃい。お待ちしていました」
「来たよ、セイ。お邪魔します」
玄関に入ったセツナは、少し微笑みながらセイを覗き込んだ。
「ねぇ、セイ。玄関入った瞬間から思ってたんだけど、なんか今日のセイ、ちょっと顔が明るい気がする」
「……そうでしょうか。特別なことは何もしていませんが……強いて言うなら……」
ふと、視線を窓の外へ向ける。
「ん?なにかあった?」
「……あの、プチトマトの芽が、昨日より少しだけ、しっかりしていて。それが……思っていたより嬉しくて」
「え、見たい!一緒に見よ?」
「はい、では一緒に見に行きましょう」
2人は並んで庭に出ると、小さな芽を覗き込んだ。
セツナは目を細め、まるで自分のことのように喜んでくれる。
「ほんとだ。芽が出てちゃんと伸びてる。すごいね、セイ」
「ありがとうございます……セツナさんにも、見せたかったので……」
それからしばらくの間、2人は言葉を交わすこともなく、ただ寄り添うようにして小さな芽を眺めていた。
冬の柔らかな日差しが、静かに2人の背中を温める。
セイは隣にいるセツナの気配と、土から力強く伸びようとする生命の息吹を、同時に感じていた。
1人で見ていた時とは違う、色彩が濃くなったような不思議な感覚。
「……こうしていると、なんだか心が落ち着くね」
セツナがふとこぼした言葉が、穏やかな風に乗ってセイの胸にスッと溶け込んでいく。
セイは小さく頷き、彼女と同じように静かに目を細めた。
「……はい。僕も、今同じことを考えていました」
重なり合うような沈黙が、数秒ほど穏やかに流れる。
2人の間に流れる時間が、自然と温かくなっていく。
けれど、ふと通り抜けた風の冷たさに、セイは我に返る。
(……いけない。いくらアバターの体とはいえ、ずっと外にいてはセツナさんの体に支障が出てしまう)
無意識のうちに自分もこの時間を長引かせようとしていたことに、微かな戸惑いを覚えながら、セイは努めて冷静にこう切り出した。
「……名残惜しいですが、そろそろお部屋に戻りましょうか。少し風が出てきました。せっかくこちらの世界に遊びに来てくださったのに、セツナさんが風邪を引いてしまっては大変ですから」
「あ、そうだね。つい見入っちゃった」
セツナは名残惜しそうに最後にもう1度芽を見つめてから、顔を上げて笑った。
「うん、戻ろっか」
そう言って2人は、心に灯ったやわらかな温もりを胸に抱えたまま、並んで部屋へ戻った。
(第88話に続く)